THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

海外で暮らす日本人はどこかがおかしい、と彼は言った

 むかし、アメリカに移住する直前、サンフランシスコのベンチャーで働いている男性にこんなことを言われた。


 「日本でうまれた日本人は日本に住むのが一番快適なはずだ。それでも海外で暮らそうっていう日本人は、どっかおかしいんだよ。イっちゃってるか、ネジが2,3本抜けてるか、とにかくフツーじゃない。そして君もアメリカに移住しようなんて考えてるところが、そもそもフツーじゃないんだよ。こちら側の人間なんだよ」


 そのときは「えー、そんなことないんじゃないかな」と思っていたのだが、実際に移住してみてからジワジワとわかるようになった。


 まず、テレビがない。
 「いまどきテレビなんて見ないよー」と思うかもしれないが、僕が移住したのは16年前だ。NetflixもYoutubeもない時代である。


 テレビ放送そのものはあるが、日本語の放送は衛星でNHKを見ないといけない。1チャンネルである。民放がひとつしかない佐賀県・徳島県のさらに1/3しかチャンネルがないのである。


 「アメリカにいるんだから英語でテレビをみればいーじゃない」


 などとのんきに考えていた時期が僕にもありました。
 最初は面白がって見てたんだけど、結論から言うと無理。


 無理っつうか、もちろん見れるし意味がわかんなくもないんだけど、心の底から楽しいかというと微妙。特にコメディとかが難しい。結局、英語で見るのはニュースとスポーツになるが、もともとスポーツにそんなに興味がないからスクリーンセーバー以上のものにはならない。


 結果、楽しみが2ちゃんねるを見ることくらいになってしまい、ほとんど廃人のような生活になる。あと、当時はアメリカのマンションは日本よりも少し回線速度が遅かった。インターネットの普及が早すぎて光ファイバーより前にケーブルテレビのインターネットが普及していたのでマンション全体で1.5Mbpsとか、信じられないくらい遅かった。



 今回、久しぶりに丸一ヶ月海外をフラフラしてるわけだけど、毎日いろんなことが起きて忙しい。


 昔と比べて変わったのは日本のテレビをみようと思えばVPNとTVerで見れなくもないということ。Youtubeをみればいくらでも日本語番組が見れるということ。


 人や世代によるかもしれないが、これだけでだいぶアウェイ感というか、ホームシック感はなくなった気がした。


 次に食べ物についてだけど、これは実はガッツリ暮らすときにはあんまり困らない。


 大きな都市ならジャパンタウンみたいな場所があって、そこで日本の食材を買えるから、家でカレーでもトンカツでも作ればいい。


 もちろん職人の技が必要な高度な料理は難しいが、食べ物だけでホームシックになることは少ないかな。



 「暮らす」という視点で見ると、やっぱりパリは魅力的だ。


 今回、いろいろな都合と事情でパリに一週間くらい滞在しているんだけど、食べ物も探せば美味しい店はいくらでもあるし、なによりワインが安い。3ユーロくらいのワインでも全然美味しいし、たまに贅沢する気持ちで10ユーロくらいのワインを飲むと天国に行くような気分である。


 特にソムリエの友人の勧めで訪問したブルゴーニュ地方のボーヌという町は、「食の都」とも呼ばれる。インターネット回線さえ快適ならここに住むこともできるのではないか(美味いから)。


 実際日本人もけっこう住んでるらしい。


 まーでもどうかね。とはいえ東京の生活の快適さとは比べ物にならないかな。


 快適に暮らしたい、なら僕にとってベストの選択肢はやはり東京だろう。


 でも自分の世界を広げたい、という発想なら、快適さは犠牲にするしかない。


 そうすると全く別の視点で住む場所を選ぶことになるわけだ。確かにこういう思考に陥るのは「普通じゃない」状態なのかもなあ