THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

彼はもっと稼ぎたいから、ロンドンを離れてカナダへ行くという

海外でタクシーやUberに乗る楽しみのひとつは、ドライバーの方との会話だったりする。


いろんなバックグラウンドの人がいて面白い。


特にUberの場合、昼職を持っている人が多いので、昼間はどんなことをしていて、夜はどうしてUberで稼いでいるのか聞くのが楽しい。ちょっとしたガールズバー感覚である。


昨日、いつものようにFifteen詣でをしたあとで拾ったUberのドライバーさんは黒人で、アフリカにまだ小さい娘と家族を残しているのだという。


稼げると聞いてロンドンに来たが、そもそも英語が苦手だ。彼の地元ではフランス語が主流であり、フランス語で話せるカナダのほうがもっと稼げそうだ、ということで移住するらしい。


仕事は博物館の警備員で、うーむまあ確かに、もっと言語が扱える環境だったら高い収入の仕事につけるのかもしれない。


でも、今は地元まで7時間のフライトで帰れるが、カナダに移住すると17時間もかかってしまうのが少し大変だと言っていた。


不思議だ。決して賃金が高い仕事ではないはずなのに、こういうスケールで移動する人は海外のタクシー運転手には少なくない。ラスベガスで拾ったタクシーの運転手も、中東に家族を残して出稼ぎに来ていた。


それに比べると、日本人が海外でタクシーやUberの運転手をやって食いつないでいるという話はまず聞いたことがない。


シリコンバレーでいきなり無謀な調達と起業をするくらいなら、まずUberの運転手あたりからスタートして自立した生活をしつつチャンスを伺う、というロールモデルがあってもよさそうなのに、あまり聞かない。いま居るのかな?


まあそれはもちろん、就労ビザをとるのが極めて大変であるという事情とシンクロしているかもしれない。今は昔よりもアメリカの就労ビザをとるのはさらに厳しいのかも。


でもアメリカじゃなければイギリスだ、カナダだ、という発想にみんななかなかいかない。


むしろアフリカの地元の家族を食わせるために単身ロンドンだのカナダだのに行けるというタフさに軽く憧れを禁じ得ない。


今回の出張をする前、「まあとりあえず一周しちゃえばあと二年くらいは国内に居られるだろう」とのほほんと考えていたのだが、いざ海外に来て、いろいろな人に会って、いろいろなことを見聞きすると、それが完全に間違った考えだということがわかった。


むしろ自分は今まで以上に海外に出て、情報収集と仕事づくりをやらなければならないという事実を痛感した。もうそういうお年頃なのだ。もはや現場のエンジニアでもないし


そういや、僕の周りの上役たちは、絶えず地球をぐるぐるまわっていて、「この人(たち)は飛行機が墜落する確率とかたまに計算したくならないのかな」と不安に思うことすらある。


そして僕はもうそっち側を目指していかなければならないのだという自覚めいたものがなんとなく芽生えてきた。自分が国内にへばりついていては、チャンスを逃す。常に世界中どこにでも行くつもりで、ぐるぐる回って仕事をこなす。これだけが、自分のレゾンデートルなのだという気がする。


何年か前に上役が「清水は近々パリかニューヨークに住まないと駄目なんじゃないの?」と言っていて、「ははあ、そうですねえ」といいつつも心の中では半ば「ご冗談でしょう会長さん」と思っていたのだが、どうもいよいよご冗談ではなかったような気がしてきた。


それくらい、世界の変化は目まぐるしく、極東の島国に閉じこもっている状態では大局を見失うのではないかという危機感が自分の中に芽生えた。


まあこのブログを読んでくださってるみなさんは、「清水はあちこちいって美味いもの食って気楽でいいなあ」と思っていらっしゃることでしょうが、当然、ここで書けないところで書けない仕事をしているわけですよ。


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なんでそんなふうに思ったのかというと、ひとつは、実は世界ではまだまだAIはぜんぜん社会実装されていないということ。日本が一番真面目にやってんじゃないか。中国もやってるけど、意外と社会実装という側面だけみたら日本も負けてないと思った。


中国の場合、一党独裁なので共産党がやろうと思えばできることが多すぎる。その反面、自由主義社会では経済性が先立たないとできることもできない。そしてみんな、GoogleとFacebookとAppleとAmazon、いわゆるGAFAに遅れを取って、半ば全体的には「諦めてる」というムード、要は「厭戦ムード」は世界共通である。それはシリコンバレーですら例外ではない。


要は、シリコンバレーでは「AIでGAFAに対抗しよう」なんていうベンチャーはほとんど生まれない。なぜならこれは本丸だからだ。シリコンバレーの誰も、IntelとかOracleに正面から戦いを挑まないのと同じだ。


まともなエンジニアで、安定を求めるなら、GAFAのどれかに入るか、その間でジョブホップするほうが普通だからだ。


ある意味で、シリコンバレーのベンチャーは全員がGAFAの職員か、そこからスピンアウトしたはみ出しものか、GAFAに相手にもされない負け組しかいない(ごめんね井口)。



一番あたらしくてイケてると言われたのが電動キックスクーターのレンタルサービスだなんて、もはやシリコンバレーはハイテクの産地として後退してるとしか思えない。そんなものを作るのにスタンフォードの博士号は必要ない。高校を卒業している必要もないだろう。



じゃあシリコンバレーのビッグネームに対抗することがまるきり不可能かというと、そうではないことは英国のARMやスウェーデンのMySQLが証明している


かつてのシリコンバレーの優位性は、「ハードウェアを作って売る会社」が集中していることにあった。


だからヒューレット・パッカードの廃品を集めていたガキが大物に化けたりできた。


コンピュータは、まず学ぶのにハードという環境が必要だったから、ハードが余っているくらいの場所が必要だった。ベル研究所内にハードが余っていたからUNIXはうまれた。


今や特別なハードが必ずしもなくても、世界のどこでも世界を相手にした勝負ができる。インターネットがシリコンバレーの地理的優位性を無効にした。


それでもシリコンバレーにGAFA対抗の会社が生まれないのは、シリコンバレー全体を包む「厭戦ムード」である。GAFAと戦うような無謀な会社にシリコンバレーのベンチャーキャピタルは金を出したくならない。だいたい、そんなことを表立って主張したら、すぐに買収されるか引き抜かれるか、とにかくシリコンバレーという土地にいることがマイナス要因になるのだ。


しかしシリコンバレーを離れれば、先に例を上げたARMやMySQL以外にも、チャレンジャーとなるような高い目標と精神的タフネスを持った起業家はゴマンといる。


そうした起業家は、ナショナリズムやイデオロギー、その他、大金を集めて高学歴を雇うという手段以外の魅力を存分に発揮して、ほとんど無謀とも思える難関に挑戦しようとしている。シリコンバレーではない場所の「地の利」を活かした戦い方をしていく必要がある。


僕は日本人としてうまれ、日本人として育ったため、地の利が最もあるのは日本という場所である。


そこを自分の拠点として選んだこと自体は迷いはないし間違っていないと思う。自分の能力を最大限発揮できるのは日本という場所であることは間違いない。


しかし、同時に、だからといって日本国内に閉じていては、大きな流れを見失う可能性がある。


世界中の人々や企業、有用な研究チームに目を向け、GAFAに先立って発掘し、実用化する、または国内の事例を適用できる海外の企業をいち早く見つけるか、顧客企業と共同開発したソリューションを海外で売り込む。


そういうことをやっていくためには、むしろ自分自身の身体が日本国内に縛り付けておくべきではないのではないかと思った。



いや、明らかに僕は日本が好きだし、日本に住むこと、東京に住むことに慣れきっている。個人の幸せだけ考えれば、東京に住み続けるのが良い。けど、だからこそ、確かにニューヨークだとかパリだとか、全く異なる環境に身をおいて、もっとアンテナを高くしておく必要性もまた強く感じたのだ。



これはたぶん30代の頃には全く想像もつなかった心境であり、40代になったからこそそういう考えに自然に至るのだなと思った。まあべつに行くときは一人で行けばいいから気楽なものではあるが