THE長文日記

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シン・ゴジラファンは必見! 最終回はやはり胸熱展開 ひそねとまそたん(ネタバレあり)

 自宅のネットがずっと不調で、それに伴いインターネットの情報がないと起動すらできなくなってる昨今のゲーム機であるPS4とTORNEも不調で、ネットがないとなにもできない原始人みたいな生活を送っていた昨今(ちなみに悪名高き100万円の欠陥商品であるCELL REGZAは録画機能が故障)、毎週Netflixで見ていたひそねとまそたんの最終回を見ることも叶わず、ついに早朝の会社に出社して視聴に成功。


 なるほど自衛隊アニメ。絶望的とも言える悲壮感の中、服務の宣誓「強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」で泣いたわ。これだよこれ。


 いや、ぜんぜん死んで欲しいとかは微塵も思ってないんだけど、自衛官の方々の心の奥にある戦士としての覚悟。それを本当によく表現した言葉をここに持ってくるとは。


 やはり樋口監督はよほど自衛隊が好きなんだろうなあ。


 最後は誰かと戦うのかと思ったら、特に誰とも戦わない、というのも自衛隊アニメっぽい。誰とも戦わないのが自衛隊の誇り、的な。
 

 群像劇、恋愛、そしてパートナーとしての異生物愛、全部綺麗にまとまってる。


 呑気な日常が続いたあとで、最後の二話で魅せる。MM9もこういう手法だったけど、やはり最後の二話がいいなあ。トップをねらえ!もそうだったけど。


 もちろん最後の二話の良さをわかるためにはその前の日常が大事、と。


 人類の味方である守護神・ガメラとか、勝ったほうが人類の敵になるゴジラとビオランテとか、いろんないろんな怪獣映画があるが、実はゴジラにせよガメラにせよ、繰り返し語られてきたテーマは「ガール・ミーツ・カイジュー」である。


 80年代にリブートしたゴジラシリーズにも三枝未希(演・小高恵美)がゴジラと精神感応できるという重要な役回りを与えられており、 ゴジラvsメカゴジラには中山忍も登場する。


 さらに平成ガメラではおなじく中山忍演じる長峰真弓がシリーズの重要な役を演じ、人類の味方であるはずのガメラによって両親を亡くした比良坂綾奈(演・前田愛)といった少女がギャオスやガメラ、そしてイリスといった怪獣とどう向き合うかというのが裏テーマだった。


 特にイリスに取り込まれていく比良坂綾奈の少女然としたイメージは巫女のイメージに重なる。平成ガメラシリーズにはやたらと勾玉とか神道的な要素が散りばめられていた。玄武がガメラということらしい。


 ここまででは、怪獣と少女(巫女)という関係性はうっすらと示されていたものの、どちらかといえば運命共同体というよりも、怪獣に少女が洗脳され一体化するというホラーに近い設定だった。


 ところが真逆の発想のパロディは80年代に既にあって河崎実監督の「地球防衛少女イコちゃん(1987)」の第一話では、地底怪獣をイコちゃんが説得することで平和に暮らす、というオチになっていた。


 ただ、この設定はあまりに荒唐無稽なので、「少女と怪獣が友達だったら」という設定は魅力的でありつつも合理的に表現することが不可能に近かった。特に実写では難しい。



 怪獣を味方につける少女、というテーマの反復のひとつが、「新世紀エヴァンゲリオン」である。
 エヴァンゲリオンシリーズは生体的な人造人間という設定であり、いわばこれは人工の怪獣と言える。これを操縦するのは主人公の碇シンジと、主人公並に重要な渚カヲルを除けば、綾波レイ、蒼龍・アスカ・ラングレー、真希波・マリ・イラストリアスである。


 彼女たちは人工怪獣であるエヴァシリーズの頸部からカプセルで体内に侵入し、シンクロすることで操縦する。


 しかし同時にこれは強い悲壮感が漂う物語で、やはりホラーに近い。


 エヴァは巨大生物と少女が一体になる話であって、少女に供物感がない。エヴァはたまに暴走するが、あまり明確な意志がわからない。


 その後、トップをねらえ2!では、主人公であるノノがそれまで宇宙怪獣だと信じられていた無数のバスターマシン群であるバスター軍団を率いて戦う。


 それでもバスター軍団とノノは、起源は同じバスターマシンであり、そもそも元から同族である。


 MM9(原作・山本弘)では、橋本愛演じる二田良秋津がいわば巫女のようなものとして見え隠れしていたが、そこまでその関係性が強調されることはなかった。たぶんあのままやったらイリスと同じになってしまうからだろう。



 そうした紆余曲折を経て、シン・ゴジラには精神感応する少女は出てこず(さすがにそれが出てきたらひいていた)、淡々と自衛隊が巨大不明生物と戦うだけの物語になった。


 過去に無数の怪獣映画が作られ、自衛隊はその全ての怪獣に対して対抗し、一度たりとも勝利したことがない(一時的な勝利をおさめることがあったとしてもぬか喜びに終わる)。シン・ゴジラでは始めて自衛隊がゴジラに一矢報いる。


 このゴジラという未知の巨大災害に立ち向かう名もなき自衛官たちの美しさがシン・ゴジラ最大の魅力であったことは疑いようもない。



 さて、そこにきて「ひそねとまそたん」である。
 ガール・ミーツ・カイジューものであり、同時に自衛官ものである。MM9のような群像劇でもあり、エヴァのように、生物の中に取り込まれた少女が戦う物語でもある。


 どう話が転んでいくのか、果たして1クール(12話)で終わるのか、いろいろ不安があったものの怪獣に少女が丸呑みされるという設定で、エントリープラグ無しのエヴァ、今風のAR画面による操作、という感じで話が進んでいった。


 ガール・ミーツ・カイジューものの歴史を振り返ると、よくぞこんな話を作った、と拍手喝采ものの内容なのだが、果たして怪獣ファン以外にこの素晴らしさがどこまで伝わるのか考えると少しさみしい気もする。


 しかしラスト二回、超巨大怪獣を御する物語で急激に悲壮感が漂う。そしてあれだ。ああ、この展開はトップをねらえ!最終話のアレだ!


 ほのぼのとした感じと、自衛官のカッコいい感じと、甘酸っぱい恋愛の感じが入り乱れ、怒涛のクライマックスに突入する。


 ラストもいい。


 余韻に浸りながら、これを書いている。
 続きが見たい気もするが、これはこれで完結したから良いという気もする。



 しかしいいな。誰とも戦わない自衛隊と怪獣の話。
 シン・ゴジラで胸を熱くした人にはぜひ見て欲しい。


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