THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

長岡市開府400周年と仕事のモチベーション

長岡市が開府して400周年ということで記念式典がひらかれるので、地元に戻ってきた。


昨日、面接した人に「清水さんの仕事へのモチベーションはなんですか?」と聞かれた。


面食らった。そんなことをかんがえたこともなかったからだ。


なぜ僕は仕事をするか。なぜ仕事にすべての情熱を傾けるのか。
それは長岡の男として当たり前のことだからだ。


土地がワインを決めるように、土地が人をつくるという面は大いに有り得ると思う。
山にぐるりと囲まれた窪地。かつては戦闘都市として、窪地の中心部に天守閣を構える城だった。さぞかし攻めにくい城だっただろう。


天然の要塞であり、最新鋭の武器で武装し、永世中立国を夢見た時期もあった。


長岡の男にとっては、仕事に情熱を傾けること、仕事にロマンを感じることは生まれながらにして当たり前のことだ。


そして常に歴史的偉業を成し遂げてきた先人たちの背中を追いかけて育つのである。
そこに「モチベーション」などという作られた情熱は一切関係しない。それを意識する必要もない。


3000メートル級の山に登るとしよう。
何ヶ月も前から準備して、運動して、万全の備えをして、それでも8割くらいの自信で登る。
残りの2割は天候不順やら不慮の事態やら、なにがおきるかわからない。


けれども8割くらいはうまくいくだろうという確信があって登るのが普通である。


それでも真夏に登山中、吹雪で遭難しそうになったときはさすがに死ぬかと思った。10歳のときだった。1メートル先の視界もなくなってしまうのである。


一体全体、自分はなんのためにこんな苦行をしているのか、わからなくなった。
けれども登るしかないのだ。道は前にしか続いていない。


親父の趣味につきあって登山をするというのは、しない人からみたら馬鹿げたことのように思うかもしれない。実際、遭難しかかった。父親の姿は吹雪で見えなくなり、声も届かない。


雪道に残ったわずかな足跡だけを頼りに吹雪を切り抜けた。


長岡の男にとって、仕事とはそういうものだ。
8割くらいの自信がある。だから淡々とこなす。特別なことはなにもしない。自分ができるだろうと考えていることを、できるようにやるだけだ。


そこに特別なモチベーションは必要ない。呼吸するのと同じくらい、自然に仕事をするのが長岡の侍だからだ。


山本五十六は航空主兵がうまくいくと思っていただろうし、しかし戦争は負けると考えていたから開戦そのものには反対した。山本のかんがえたとおりになった。


あるいは河井は、無謀だったかもしれない。越後の山奥に独立国を作るなど、ロマン以外の何者でもない。徳川の譜代大名としての筋を通そうとしたのかもしれない。


角栄の引いた新幹線のおかげで、僕は御徒町からわずか90分で長岡の会社にたどり着くことができる。新幹線がなければ、長岡に会社を作ることなど永久に考えもしなかっただろう。


阪神タイガースを作ったのも、河井の側近である長岡藩士だった。


偉大な先人たちの背中を眺めながら、自分にはなにができるだろうと考える。


その意味で、僕は長岡に生まれてなければ、こういう人間には決してなっていなかっただろうと思う。


東京は人が多すぎる。歴史的偉業を成し遂げた人だらけだ。たぶん大阪も、京都もそうだろう。
長岡は小さい。東京圏の1/500くらいのサイズだ。


だからこそ、偉人の業績が綺羅星のごとく輝いて見える。自分もいつかそこに名前を並べようと自然に考えるようになる。


全員が全員ではないだろうが、それを意識する人間はかならず数割はいる。
学校では、立派な人間になれと教えられる。


当然ながら、僕はまだまだ彼らの足元にも及ばない。一生かかっても無理かもしれない。その可能性のほうが高いだろう。


けれども、高みを目指して淡々と自分のできる精一杯の情熱を傾け続けることが、長岡の偉大なる先人たちが守ってきた伝統に対する最大限の敬意だと思う。


できることを精一杯やる、それは僕の生まれてきた意味であり、生きる意味であり、生きがいであり、必ずやらなればならない宿命だ。


だから僕にモチベーションは必要ない。
そうせずにはいられないんだから、