THE長文日記

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駅弁はなぜ芸術的と思えるのか

 京王デパートで毎年恒例の「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」が開催されており、連日足を運んでいる。

第53回元祖有名駅弁と全国うまいもの大会 | 京王百貨店 新宿店

https://www.keionet.com/info/shinjuku/ekiben2018/


 個人的にはこんなにも日本に住んでいて良かったと感じるイベントは他にちょっとない。


 しかし、自分が駅弁にときめいていると話すと、大半の人々の反応は「へー(冷笑)」という冷ややかなものだ。


 確かに駅弁はジョエル・ロブションのディナーのようなものではないし、ランチとして見た時も游玄亭のランチのようなものでもないだろう。


 しかし駅弁の凄いところは、価格と保存性という制約を満たしながら、それぞれの地方の特色を出して「弁当」というひとつの小宇宙を構築するところにあると思う。


 駅弁は基本的にマスプロである。市販車レースのグループAのように、ある意味で暗黙のホモロゲーション規定がある。


 もちろん、金に糸目をつけなければそれなりに上手い弁当を作ることは可能だろう。しかしそうしたものはワンオフの一品物であり、競技性がない。高級食材を使えばいいというわけでもなく、もっといえば、味が美味ければいいという単純な話でもない。


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 駅弁は、タイトル、パッケージ、そして中身の組み合わさった総合芸術であると考えられる。


 全国に散らばる駅弁マイスターたちが創意工夫を重ねて送り出すそれは、ひとつひとつが完結した宇宙であり、限られた予算の中で最大限のおもてなしの心が込められている。


 今年、一番感動した駅弁は「のどぐろサーモンいくら弁当」だ。のどぐろが美味いのはもちろんのこと、一番のポイントはご飯が昆布で炊いてあるところ。米が美味すぎて感動する。


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 このイベントの凄いところは、こうした有名駅弁が実演で作られていることだ。

 できたてホヤホヤのまだ暖かい状態の駅弁を食べれる機会というのはそうそうなく、このお弁当もご多分にもれず、パッケージを開けた瞬間からホワッとのどぐろの香ばしい香りが鼻孔をくすぐってくる。


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 肉系で良かったのは酒乃蔵牛肉弁当で、酒粕の香りがするすき焼きと、わさび漬けで食べるステーキの絶妙な組合せ。これまたパッケージを開くとともにいい匂いが漂ってきて、癖になること間違い無し。

 

 ラスベガスもいいけど、やっぱり日本に居てよかったなあ。

 弁当は完全に日本文化なので、日本人はもっと弁当を誇るべきである。AMTRAK(アメリカ大陸横断鉄道)には駅弁はない。


 駅弁こそが日本が様々な個性を持った多様性のある人々が集まった国であることを象徴する叡智の結晶なのだ。


 ちなみに来週はこれがある


東京ドームシティ公式サイト | ふるさと祭り東京 日本のまつり・故郷の味

https://www.tokyo-dome.co.jp/furusato/


 去年も行ったけど、まあ美味いものが全国から集まっててマジ感動する。こんなに美味しくも楽しいイベントばかりでいいのだろうか。


 東京に住んでてよかった。東京最高。