THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

そろそろネタバレで「最後のジェダイ」を批評しておくか

 スターウォーズ、最後のジェダイが賛否両論を呼んでいると聞いて、もはやどうでもいい気分になった。

 まあいいんだよ細かいことは。ただ、楽しめない人は損してるねっていう感じ。


 僕が会社を作って15年、色んな人に会ったけど、一番役に立ったアドバイスは「悪い状況でもその状況を楽しむような余裕をもってください」というもの。取締役会が嫌悪な雰囲気になっていて、さすがの僕も毎日死にたいと呟くようなヤバイ状況だった。そんなときに、投資会社のジャフコの三好さんがそう声をかけてくれたのだ。


 NVIDIAディストピア的なEULAでデータセンターだけでなく既存コミュニティを攻撃しているという状況すらも、楽しまなければ損だと思う。こんなタイミングで進んで悪役を買ってくれるなんて、NVIDIAの人は人が良すぎるのか頭が悪すぎるのかわからないけど、最後のジェダイと重なるよね。彼らのことはグリーン・オーダーと呼ぶことにしよう。


 原典である4,5,6は、ある意味でスターウォーズ聖典であり、それ以外の1,2,3,7,8は、ファンムービーであると解釈できる。


 が、今の30代は1から見てる人が多いので、1,2,3が基準になってると、4,5,6を基準とした7,8は納得行かないのかもしれない。


 4,5,6が基準になってる世代にすれば、1で唐突にでてきた「ミディクロリア」という謎のパラメータがスターウォーズの世界観を台無しにしたと考えていて、8はその悪癖を見事なまでに克服したという点でスーパーファインプレーと言って良い。


 最初のスターウォーズであるエピソード4の最大のポイントは、「ごく普通の青年が師と出会い、フォースに目覚める」ことである。アナキンは優れたパイロットだったと聞かされるが、血筋がないとフォースが使えないという話ではなかった。


 エピソード5のポイントは、オビ・ワンの師であったヨーダが、異星人であること。これで、フォースというものが人間に限られないことが示された。そしてラストでアナキンがダークサイドに落ちたものが宿敵ダースベイダーだということをルークが知る。


 エピソード6では、なぜルークとレイアがテレパシーのようなもので会話できたかが明かされる。実は兄妹だったのだ。



 ところがエピソード1で、ルーカスは悩みに悩んだ結果であろうが、あろうことかアナキンをイエス・キリストのようにしてしまった。アナキンの父を出すとややこしいと思ったのか知らないけど、これは最悪の筋書きだ。さらに、アナキンはミディクロリアという謎のパラメータが異常に高く、その才能に目をつけたクワイ・ガン・ジンがアナキンをジェダイとして育てようとする。これが全ての誤りの始まりだったわけだ。


 エピソード2ではアナキンはヤンキーになってしまい、セックス、ドラッグ、ロックンロールのようなジェダイとしてあるまじき行為に耽るようになり、勝手に結婚までしてしまう。さらに母親を殺した種族を皆殺しにし、どんどん邪悪になっていく。ヨーダはクローン兵士を組織するが、そもそもこれも間違いの始まりである。


 エピソード3では、ヨーダが結局騙されてジェダイが次々と殺される。責任者であるはずのヨーダは責任をとらず勝手に一人で逃げ、オビ・ワンは責任を感じてアナキンの息子ルークの近くに隠遁することを決意する。ヨーダ、責任感なさすぎ。



 1-3はもうなかったことにしたいというのが4,5,6ファンのある程度共通した認識ではあるが、7の時も嫌な予感はあった。


 なぜかいろんなものをサイコメトリーしてしまう主人公のレイ。そして主人公と字面で見分けがつきにくい適役、カイロ・レン。ことあるごとに逃げ出そうとする腰抜けのフィン。まともなのはBB-8だけ。


 そしてカイロ・レンの父親であるハン・ソロが殺されるというまさかの展開。出てきたと思ったら死ぬんかい!あのシーンはつらすぎていつ見ても正視に耐えない。しかしだからこそ浮かび上がる、カイロ・レンのモンスター性。人格異常者としてのおそるべき素顔が垣間見られる。


 しかしなぜかライトセイバーを握ったばかりのレイとほぼ互角の勝負。たぶん普段の相手はライトセイバー使ってこないからビックリしたんじゃないかな。このカイロ・レンの腑抜けぶりは8でちゃんとスノーク最高司令から詰られていてスカッとした人も多いのではないか。


 7が公開されて8が始まるまでの間、いろんな憶測があった。レイの父親はだれか?

 ルークかと思ったらルークではないらしい。皇帝パルパティーンであるという説が有力だったが、見事にその予想を裏切られた。


 レイの両親はなんでもない「普通の人」どちらかというと社会の底辺に位置するサイテー人間だった。


 そのレイが、純粋な気持ちからフォースに目覚め、ルークという師を得て成長していく。

 これは4で起きたことの再現だ。つまり、なんでもない普通の人が師に出会い、成長していく物語なのだ。1で狂ってしまった血筋とか血統とかいうものが、どうでもいいものとして扱われたのだ。誰でもフォースを使うことができるのである。


 ルークは「レッスンは3つ」と言っていたが、最後の一つがなんなのか明かされないまま死んでしまった。9では明かされるのだろうか。


 ルークは自分の師であるヨーダの導きで、「弟子に乗り越えられるのがジェダイマスターの最後の重荷であり使命である」と諭される。おまいう?と思わなくもないが、いい話ではある。


 そしてルークは実際にヨーダの技をも乗り越える。ここが今作の最大の見所でありクライマックスだ。


 歴史上これ以上ないくらいまでに追い詰められ、弱りきった反乱同盟軍を守るため、ルークが敢然と敵に立ち向かい、たった一人でファースト・オーダーの攻撃を受け切る。


 スピーダーが瞬殺されるレーザービームの攻撃を雨あられと受けながら、もうもうと立ち上る硝煙からルークは再び姿を現し、サッと肩についた埃をとるような動作で挑発する。「そんなものはなんでもない」と。


 怒ったカイロ・レンは単身地上に降り立ち、ルークを威嚇する。


 「反乱軍は死んだ! 戦争は終わった。 そして最後のジェダイであるお前を殺す」


 ここでシリーズ最大の名台詞がルークから繰り出される。


 「面白い。お前の言った言葉は全て間違っている。反乱軍は今日、蘇る。戦争は、まだ始まったばかりだ。そして私は、最後のジェダイでは・・・ない!」


 あまりにもカッコイイのでエリックに英文で教えてもらった

Amazing…every word of what you just said was wrong.

The Rebellion is reborn today. The war is just beginning. And I will not be the last Jedi.


 英語だとさらにカッコイイ。


 そして実はカイロ・レンが斬り結んでいた相手は、ルークの実体ではなく、何パーセクも離れた惑星にいるルークがフォースによって作り出した虚像であることを知る。観客もここで初めて知る。ルークはすべてのジェダイの頂点についに立ったのだ。


 ラストのセリフもかっこいい。


 「また会おう (See you around, kid.)」


 僕なら「小僧、また会おう」と訳したいところだ。


 そしてルークは一人ジェダイ発祥の地で息を引き取るのである。死に際の言葉としてカッコよすぎる。この技は、あまりに強力なため年老いたルークの命さえ奪ってしまったのだ。もちろんルークはそれをわかった上で成し遂げたのだ。


 普通はファルコン号がワープするところでエンドロール、というのがスターウォーズの定番なのだが、今作はさらに上を行く。ラストシーンは、虐げられ、奴隷として働いている子どもたちだ。


 少年は掃除を命じられ、夜の寒い屋外で星を見つめる。宇宙船がワープする(これがファルコン号なのかはわからない)のを見つめながら、少年は何を思うのか。反乱同盟軍のシンボルのついた指輪がクローズアップされる。


 少年が掃除するとき、箒のようなものをフォースで引き寄せていたところに注意したい。そう、フォースは純粋な心があれば誰にでも宿るものだというメッセージがここでも繰り返されている。


 こうなると9が俄然楽しみになる。残念ながらキャリー・フィッシャーが他界してしまったため、全く違う筋書きにならざるをえないだろうが、たぶんみんながフォースに目覚め、善なる心をもつ人たちが邪悪なカイロ・レン率いる新ファースト・オーダーを打ち砕くような話になるのだろう。


 

 ポーがダメすぎる(ダメロンだけに)とか、ハイパードライブアタックが強すぎるとか、いろいろ言いたいことはあるが、まあ全体としては傑作だったと思う。


 ハン・ソロのスピンオフも楽しみだなあ