THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

日本棋院があるように、日本数学院や日本物理院もあったほうがいいんじゃないかと妄想する

 今月の日経サイエンスが面白い。


 なんと大好物、マルチバース特集である。


 マルチバースとは、ユニバースの反対にある考え方で、ユニバースが、唯一無二の宇宙を表すとして、マルチバースは宇宙は沢山ある、という考え方だ。


 これまでエヴァレット解釈のマルチバースはあまり一般には解説されなかったが、ようやくこういうものが一般常識として知られるようになると嬉しい。あとはニュートンがこの手の話題をムックにしてくれたらいいのに、とか、NHKアインシュタインロマンを作り直してくれたらいいのに、とかいろいろ考えた。



 この話の流れで、先日、とある大学の物理の先生と話をしていて、「日本ではホログラフィック宇宙論やループ量子重力理論など、それまでの直感に反するような理論の研究がなかなか進んでないのはなぜか」という話になった。


 単純に理学系の研究室の絶対数が少ないというのはあるだろうけど、日本のシステムの場合、飛び級がないことに遠因があるのではないかという話題になった。


 欧米の場合、数学や物理の天才的な発想を持っている子供は、飛び級制度によって16歳までに大学院を卒業して研究者や教授になることができる。学位さえあれば論文を発表したり研究室を持ったり出来るし、年がら年中研究に没頭できるので革新的な理論を受け入れやすい。


 宇宙論で新しい発見がなされるのは大半は数式を弄っている最中だ。ある前提条件があり、数式を進めていくと何らかの矛盾に到達する。


 矛盾に到達したときに、その矛盾をどのように解釈すれば矛盾でなくなるか想像力を働かせる。たとえばリチャード・ファインマンは、マクスウェルの電磁方程式を解く際、過去からのエネルギーだけではどうしても物質が必要とするエネルギーの半分しか満たされないという矛盾を解決するため、残りの半分は未来から来るのだという「先進波」であると説明した。


 エネルギーが未来から来るという根拠は特に示されていないが、どうしてもマクスウェルの電磁方程式を解くとエネルギーが半分足りない、という矛盾は示されている。ファインマンがこのアイデアを発表したのは25歳の博士論文である。また、ノーベル賞をもらうきっかけとなったファインマン・ダイアグラムの発表は30歳のとき。


 要は頭が柔らかくないとこういう話についていけない。


 ファインマン飛び級していないが、飛び級制度で有名な人物といえばスティーブン・ウルフラムがいる。

 ウルフラムは英国人で、15歳で素粒子物理学の論文を発表、17歳のときにオックスフォードを卒業し、在学中に10本の論文を執筆し、18歳でカリフォルニア工科大学(カルテク)に進み、20歳でPh.Dになった。その後、カリフォルニア工科大学プリンストン高等研究所、イリノイ大学で教授になり、29歳で世界中の研究者に使われるようになる研究ツールMathematicaを開発。


 ウルフラムのソフトウェアはiPhoneのSiriやMicrosoftのBingなどに採用されている。


 数学や物理といったものは頭が柔らかいうちにどんどん勉強してしまったほうが理解が早い。数学も物理も一種のゲームだから、全員が同じ発達段階で勉強していく必要はない。適正がない人はかなり早い段階で脱落するし、適正がある人はみんなと同じ学校で学ぶだけでは物足りなくなってしまう。


 日本にはなぜかゲームに関する飛び級制度がいくつかある。日本棋院を代表する囲碁と、奨励会を中心とする将棋だ。いずれも難関だが、プロテストに合格すれば対局料がもらえる大会に出場できる。


 日本にも数学の天才や物理の天才を育てるべく、こうした組織があったほうがいいのではないか。日本の教育システムにいきなり飛び級を導入するのはかなり無茶なので、学校とは別の枠組みで、20歳以下の子供の数学的能力や物理学的能力に等級を付け、たとえば数学初段、物理初段以上だったら大学卒業相当と見做す、という仕組みがあってもいいのではないか。


 昇段するにはもちろん試験があり、試験勉強するには学費が掛かる、ような仕組みでもいい。


 日本で合法的に認められている飛び級の唯一の制度として大学院入試があるが、こういう外部的な仕組みがあると日本の科学対応力を底上げすることができるのではないか。



 なあんてことを考えた。暑いからね。



 と、ここまで書いてから、同じことはプログラミングというスキルにも適応可能かもしれない、と思った。

 もしかしてやろうと思えば実現できるんだろうか。