THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

Amazonのレビューはわりとあてになる。そして売文と締切について

 駒場の購買部の書店で、もうひとつ「これは面白そうだなあ」と思う本を買ったんだけど、その本のオビに似たような本の紹介が書いてあって、「これは良さそうだ」と思ったのがこの本


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 ところがAmazonのレビューが悪い悪い。1しかついてない。しかも3つしかレビューがない。3人中3人が1。なかなかとれないスコアである。


 それでもまさかさすがにそこまで酷いことはないだろうと思って買ってみたのだが・・・あまりにレビューが正確で驚いた。



 レビューが多すぎると意見が別れたりすることはあるが、これはレビューが少なく、意見が一致している。とはいえここまで本の体裁になっていないとは思わず、衝撃を受けた。せめて立ち読みができていれば・・・


 めちゃくちゃ高いので、こういう悲劇も起きるんだと思うけど、オンデマンド出版とか流行ってくると、この手のものが蔓延ってくるんだろうなあ。


 ちなみに僕が買ったもう一冊の方は大丈夫でした。



 本の内容の良し悪しって、読む前に判断できたらこれほど幸せなことはないと思うんだけど、それが絶対的に「良い」か「悪い」かだけではなく、たとえば「あなたには良い」とか、「あの人には良い」みたいなことまでわかると、本を読む手間が経る。


 なんなら「この章のこの部分はあなたには良い」くらいまで絞り込んでくれると他の部分を読まなくていいのでラクだ。


 本を書く立場から言わせてもらうと、普通の本の場合、本当に書きたいことは全体の1/4もない。

 技術書みたいなのは別ね。


 ただ、正直、技術書はマニュアルを書いてるようなものなので、技術だけ書いてると疲れる。

 「ここまで書かないといけないなあ、でも面倒くさいなあ」と思いながら書くのが技術書だとすれば、「楽しいなあ」と思いながら書くのが一般書(ふうの本)であると言える。


 だけど、まあたとえば忙しいとゴーストライター立ててでも清水の本を出したい、という出版社が何社か来ていただくんだけど、ゴーストライターさんが書いた記事が僕の読者が読んだ時にあまりにもドライブ感に乏しくて「これは僕の名前では出せないなあ」と思ってまるごと没にしたことがあって、依頼ゴーストライターものは断るようにしてる。ゴーストライターの人にも申し訳ないし。


 ゴーストライターの人は、まあネタと相性にもよると思うけど、あんまり楽しいと思って書いてないんだろうなあと思う。楽しいと思って書いてない本は読んでてわかってしまうので、読み終わると残念な気分になる。まあ正直にいうとそんな本は途中で読むのを辞めたほうがいい。


 世の中には「本書きたい」とか「連載持ちたい」とか言う人は思ったより大勢いるんだけど、「じゃあ書いてよ」と頼むとぜんぜん書いてくれない人のほうが圧倒的に多い。


 Engadget Japaneseの矢崎飛鳥によると、「一流と呼ばれるジャーナリストはみんな筆が速い」のだという。まあ確かに、昨日のニュース書くのに何週間もウダウダしてたらニュースじゃなくなっちゃうからなあ。新聞社系出身のジャーナリストが生き残ってるのもそのへんに秘密があるのかもしれない。


 人に読ませる文章というのは訓練しないと上手く早くは書けないので、若いうちにいい編集者と出会って商業の文章のお作法みたいなのを習っておくのは人生にとって悪くない教養だと思う。


 どうせメールだろうが檄文だろうが日記だろうが、人間は自分の考えをなんらかの形で言葉にしなければならないので、言葉の紡ぎ方を知っているほうが知らないよりはマシだろう。


 商業的な文章の初心者がなかなか原稿を書けないのは、決して日本語が書けないわけではなく、力みすぎてなにからどのように書いたらいいのかわからないというケースが多い。


 どうせなら名文にしたい、自分を売り込みたい、という気持ちが先走ってなんか全ての表現が上滑りする。そうするとさすがにそれは使えないよ、という内容になることが多い。


 子供の頃にマンガを読んでいると作中で作者が「締切が・・・」とうわ言のように言っていて、まるで締め切りに追われるのがプロっぽくてカッコイイという錯覚を感じたことがあった。


 実際に社会に出てみると締め切りに追われてる人間なんていうのは二流の人間であって、プロと呼べず、そんなとるにたらない三文物書きなど省みる価値もない・・・と書いてるそばから今日締め切りの原稿をまだ一行も書いてないことを思い出した。


 がんばろう