THE長文日記

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「君の名は。」とPPAP。そして電車映画としてみたときのシン・ゴジラとの比較

Facebookで流れてきたコメントと動画

これみてから

もう一度君の名は を見てみること推奨

人間が如何に 空虚なもので感動する生き物か分かるから

D


 そうそう


 「君の名は。」の腹立つ所は、なんかよくわかんないけど感動的な情景とエモい曲流しときゃお前ら意味もわからず泣くだろ的な傲慢さがチラチラ見えるところなんだよなあ。


 あと、電車の描写がひどい。


 シン・ゴジラ君の名は。は、この夏の2大電車映画と言える。


 君の名は。は冒頭のシーンで電車のドアにいやに細かい注意書きが書かれたシールが大写しになる。


 ここで電車人類は「おおっ、これは電車映画か!」とミスリードする。



 ゼロ年代のアニメは基本的に電車映画の歴史と言っても過言ではない。

 というか、ガイナックス作品は基本的に電車映画である。


 たとえば「トップをねらえ」では宇宙戦艦ヱクセリオンの内部を移動するのは地下鉄であり、沖縄から東京へ向かう交通手段もウルトラ超特急の列島縦断線「ウルトラひかり」である。


 エヴァでも、NERVの入り口はJR東日本の自動改札のようなデザインであり(セキュリティ的にまずすぎないか?)、碇シンジは度々電車に乗る。


 ところがガイナックス作品以外では電車の存在感はなりを潜める。

 電車は直線が多くカーブでは複雑な動きをするので作画が面倒な割には効果的な使い方をするのが難しいのであまり好まれない。


 そしてゼロ年代において電車はガイナックス作品に出てくるひとつの記号として扱われることになった。

 そこに横穴を開けたのは「サマーウォーズ」であり、これも電車が小道具として登場する映画である。


 「サマーウォーズ」において、電車は異世界への入り口であり、出口でもある。


 さらに2007年に再びヱヴァンゲリヲン新劇場版が登場して、いよいよ電車の存在感が増してきたところに、やはり金字塔的作品である「風立ちぬ」にも電車(というか蒸気機関車)が登場する。この蒸気機関車のディティールへの宮﨑駿監督のこだわりは凄まじく、わずか数カットの蒸気機関車のシーンのためにわざわざ大塚康生御大(緑ルパンの監督で宮崎氏が師と仰ぐ天才)に監修を依頼したほどである。


 さて、そのような目でシン・ゴジラを見ると、そもそも電車の扱い方を実に「わかってらっしゃる」という作りになっていることにまず驚く。ゴジラの上陸で最初に血祭りにあげられる京急の電車が車輪だけもげて飛んでいくとか。相当Nゲージを遊び尽くさないと思いつかないような演出が入っている(現実にはあんなところでもげるわけはない気がするが)。


 ゴジラの姿がまだ見えないときに水しぶきを遠景から電車を入れた構図で見せるなど、電車があちこちに登場する。


 そして日常のさりげないシーンでの電車の扱い方も上手い。


 一回目の上陸からゴジラが去った後、日常の風景として在来線が走る風景が映し出されるが、電車の魅力というのは、真横から見ていても全くわからない。むしろ電車とは、カーブに差し掛かったところであの四角い車体を器用にくねらせて回るそのアルゴリズミックな動きにこそ本質的な魅力があるのであって、そしてNゲージで遊んだ人なら一度は考える「電車ヌンチャク」がゴジラに炸裂する最終兵器になるあたりでもうまさに拍手喝采となるわけだ。もはやここに来て異論は認めん。


 とすると、君の名は。の電車はどうだろうか。


 君の名は。にも電車は沢山登場する。

 冒頭のシーンからしてそれだし、そこが何度もフラッシュバックするし、そんでもって、電車が重要なギミックとなってラストシーンを感動的に盛り上げる・・・・はずであるが、その電車の描き方に電車への愛情というものが全く感じられない。


 数多の名作が電車をギミックにもってきたので「電車さえだしときゃそっち方面の人も勝手に喜ぶだろ」という傲慢不遜な目線を感じ、その割には電車らしくない動きで、電車の描写に手を抜いてることだけがビンビン伝わってくる。エヴァとかトップとか見直すと、極めて面倒くさい作画なのに敢えて電車をちゃんと動かしている。だからこそ電車の動きが出るのであって、あんな、真横から電車を描くんだったら電車でなくてバスでもいいだろとか、そういうことが異常に気になるのである。・・・ってオレは病気か。



 ちなみに大塚康生先生の「作画汗まみれ」

 本当に面白いのでおすすめですよ


作画汗まみれ 改訂最新版

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