THE長文日記

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コミュ障とは何だ!? コミュ障の著者が明かすコミュ障克服の方法


 いやー、東京に帰ってきた。


 SIGGRAPH Asia、すげー盛り上がってよかったんだけど、神戸の町の美味いものも多すぎて完全に体重増えた。

 というか神戸の旨いものって


 ・神戸牛とガーリックライス

 ・そば飯

 ・明石焼き

 ・お好み焼き

 ・ラーメン

 ・ローストビーフ

 ・塩もつ鍋(〆はラーメンと雑炊)


 などなど、とにかくまあ、基本的に炭水化物ばかり。

 炭水化物抜きダイエットをしていたはずの僕も、毎朝、納豆ご飯に青のり入れて食べてた(これがまた美味い)ので、炭水化物上等!!


 というわけで太りました。


 特に餃子屋 満園さんには2日連続で突撃するほどハマりましたからね。


 罪だわ。罪な街だわ神戸。



 会場では色んな人に会うわけです。

 知ってる人と知らない人。


 知ってる人はともかく、知らないようで知ってる人というのが一番厄介で、「どうもこんにちは」と話しかけられても、「あれ、この人どこかで会ったかな?」ということまでは思い出せても、名前やバックグラウンドが出てこない。とにかくものすごい大量の人がやってくるイベントなのでこのイベントでしか会わない人というのは記憶に残りにくいのです。


 そういうとき、僕はもう迷わずキョドってしまうのでまあちゃんと話せない。こういうこと、ありませんか。

 こういうとき、自分はまだまだコミュニケーションとるのが上手くないなあ、と思ったりするのです。


 実のところ、僕はコミュニケーション・アーキテクトという仕事を自称しているのに、実際にはコミュニケーションが上手い方ではないのです。


 むしろコミュニケーションが下手だからこそ、人はなぜ、どのようにしてコミュニケーションをとるのか、ということに興味があって、そういう仕事をしています。


 コミュニケーション・アーキテクトとは何かというと、コミュニケーションのアーキテクチャ、いってみればコミュニケーションの構造なんですけど、それを設計する仕事です。


 一般にコミュニケーションというのは「正確に伝える」「確実に伝わる」ことが良いと考えられがちですが、実際には正確性にこだわるとコミュニケーションはどんどん退屈になります。


 誤解されることを恐れて、言葉の定義と使用法を厳密にして、ひたすら正確性と確実性を優先してしゃべろうとすると恐ろしく回りくどく、言い訳だらけの言葉になってしまいます。


 我々、コミュニケーション・アーキテクトの仕事は、コミュニケーションを正確に伝わりやすくすることよりもむしろコミュニケーションを意図的に歪めて、お互いが気持よくなる、楽しくなれるようなコミュニケーションを設計することに重点があります。


 たとえば、アルゴやイミテーション・ゲームなど、歴史上の事実をもとに作られた映画は沢山あります。しかし重要なのは、細部まで正確にエピソードを再現することではありません。重要なのは映画として面白いということです。そのために映画制作の現場ではエピソードを意図的に曲げて演出します。


 どう曲げるのがいいのか、曲げすぎてはいないか、それ事態がコミュニケーション・アーキテクチャと言えます。

 意図的にコミュニケーションを歪ませることで、表現したい意図を伝えるのです。その意味では、映画にとって歴史的事実そのものが、本来は監督が観客に伝えたいことを表現するためのツールに過ぎないのです。


 まあそんなことを普段考えているものですから、こういう大勢の人が集まる場所でいかに楽しく、面白おかしく過ごすかというのは重要課題です。


 仲の良い先生と飯を食うというのもいいのですが、仲の良い先生はたいてい、沢山の人と中がいいので毎日付き合ってはくれません。


 結局、僕のような立場の人間、学会のアウトサイダーにいる人間は、こういうイベントにいかに沢山の知り合いがいても最終的にはぼっちになってしまうのです。


 飯は一人で食うと美味さも半減します。

 孤独のグルメを気取るには僕はまだ若すぎる。


 さあ、そんなときこそ吉田尚記さんの書いた「なぜ、この人と話をすると楽になるのか」を読むと、不思議と胸がスッとします。



 吉田尚記さんは僕と同年代のアナウンサーの方です。

 ラジオのアナウンサーという立場を飛び出して、いろんなイベントを仕掛けたり、テレビに出たり(もはやラジオと関係ない)している方で、その知識の深さと幅広さはいつお話しても驚かされます。


 そんな吉田さんも、実はコミュ障なのだそうです。

 ラジオのアナウンサーがコミュ障のわけないだろう、と普通は思うのですが、僕は実のところ普段吉田さんと話をしていてなんとなく「この人はもともとコミュニケーションが苦手なタイプだったんじゃないかなあ」と思っていたので合点が行きました。


 あの、よくいる、弾丸のようにダーーーッと喋るタイプの人がいるじゃないですか。僕もそうですが

 こういう人は根本的にコミュ障なんです。


 相手が喋ってる話を聞いたり、相手が相槌を打つ(打たない)のが怖いから、間断なくダーーーーッと喋るんです。

 攻撃は最大の防御、としての弾丸トークなんですね。



 だから逆に「しまったしゃべりすぎた」ってあとで後悔して枕に突っ伏してバタバタしたりすることもしょっちゅうで、とにかく上手くコントロールできないんです。しゃべりたいっていう自分の欲求を。



 僕は5歳頃までろくにしゃべんなかったそうです。

 

 ぜんぜん喋らなくて、両親は心配したそうです。そもそも先天性緑内障という、一種の障害を持って生まれてきてしまったので、産まれてからしばらくはずっと失明した状態で過ごしたわけです。


 さらにいえば、子供の頃に母親が忙しく、母親が働いている間は近所の知らない人の家に預けられていました。そしたら喋ることないですよね。


 だからずっと無口で「不気味な子」だと思われてました。僕が無口だったわけですよ。信じられない、とよく言われますけど本当のことです。


 これが小学校を二回、中学あたりにいくとだいぶ元気になって、もう知らない人、自分を嫌いな人、そういう人に囲まれてもぜんぜん平気で暮らせるようになって高校でついに「別に嫌われててもいいや」とどうでもよくなるのです。


 高校の時はほんと凄くて、入学前にクラスの全員から嫌われてるというスタートでした。

 これ、今思うとかなりレアじゃないですか。


 だって、誰だか知らない、会ったこともない人たち、名前も顔も知らない人たちに会う前から嫌われてるんですよ。


 かなりのハードモードですよね。


 さすがに高校まで来ると僕も相手の敵意くらいは察知できるようになっているので、「あれーなんだか知らないけどみんなから嫌われてんなあ」という空気だけは感じ取るんですよ。


 それでどうしたかというと、むしろこんなに皆が嫌ってる状況って笑えるじゃないですか。何にもしてないのに。原因にも全く心当たりがないわけですよ。


 だからまあ敢えて空気読まないで馴れ馴れしくしていくかって思ってですね、明らかにこいつ俺嫌ってんだろうなというヤツに、「やあ、君はどこの中学出身なの?」と声を掛けてみたわけですよ。当然無視される。でもこっちはそんなのわかってるから、しつこく聞くわけですよ。「なんでこの学科にしたの?」「寮生なの?」とかね。


 そうすると向こうも鬱陶しいから「うるせえよ。オマエなんかと話したくないんだよ」って言ってくる。でもこれはコミュニケーションの第一歩ですからね。


 「えー、なんで話したくないのさ」


 「何でもだよ」


 ほら、相手も一度コミュニケーションをとってしまったから、反応せざるを得なくなります。

 会話が始まっちゃったんですよね。


 「誰に対してもそうなの?」

 「オマエに対してだけだよ」

 「えー、僕は君と会うのも話すのも初対面だと思うんだけど、どうしてそんなに僕と話すのが嫌なのさ」

 「オマエが最低なやつだからだよ」


 謎にだんだん近づいていきます。

 なぜ僕は会ってもない人たちから最低なやつだと思われているんでしょう。


 「えー、僕が最低なやつってどうして知ってるのさ。同じクラスに同じ中学の人、いなかったはずだけど」


 「あの子がオマエのこと嫌いなんだよ」


 「あの子って?」


 彼が告げた名前は、僕の知らない女子の名前でした。仮にNさんとしましょう。

 でもどうやら、僕が嫌われていた原因はそこにあるようでした。


 それでもしつこく話を続けていると、彼は次第に自分の話をするようになりました。

 半日もすると、僕達は親友とも呼べる関係になっていたのです。


 無視されていた状態から半日で親友になれる。

 これもまたコミュニケーションの面白いところです。


 ちなみに彼とはまだ親友です。

 今でも時々連絡をとったり、会ったりしているほどです。


 さて、僕を嫌っていたNさんはクラスで一番の美人でした。

 彼はNさんに恋心を抱いていたことをあっさりと認めます。というかクラスの大半の男子がなんとなくNさんのことをいいなと思っていたようなのです。


 しかし一体全体、僕はなぜNさんが僕を嫌いなのかなかなか突き止めることができませんでした。

 ところが運命のイタズラとは面白いもので、最初の席替えで僕はNさんの隣の席になってしまいます。


 もちろん全力で嫌がるNさんですが、僕はむしろそこまで嫌われるというのはどういうことなのか、そっちのほうに興味がありました。そこでやはり空気を敢えて読まずに質問攻めにすると、Nさんは怒って出て行ってしまいました。


 ここが女心の難しいところです。

 

 すると、周りにいた親切な女子が教えてくれました。


 「あなた、Nさんと同じ塾に通っていたでしょ?」


 「え、そうだっけ?クラスに100人くらいいるからそんなのいちいち覚えてないよ」


 「同じクラスだったかは知らないけど、あなた、そこで彼女の家をバカにしていたのよ」


 「えー、そんなことしたかな」


 「したのよ。たしか、"えー、あそこって取水場以外に民家とかあるの?人が住めるの?"みたいなことを言ったって」


 「それ、バカにしたことになるの?」


 「なる」


 僕が同じ中学の友達と交わしていた、こんなふとした会話が、その場にいたNさんの心をいたく傷つけていたようなのです。


 もともとコミュ障の人というのは声が大きすぎてボリュームの調整ができないので、たぶん大声で言ってたんでしょう。中学生の僕としては、その駅は取水場のイメージしかなかったため、本当に民家があるのか驚きだったのですが、中学生の想像力なんてそんなもんじゃないですか。



 翌日、僕はNさんにそのことを謝ったりはしませんでした。

 ただ淡々と、「君が僕のことを嫌いだということは理解したよ。それならそれでいい。僕はそのとき本当に取水場しか見たことがなくて、民家があることに気づかなかったんだよね」とだけ言いました。


 「もういい。あなたと会話したくない」


 僕は人の心はなんて難しいんだと思ったのはこのあとに起きた出来事です。


 空気を読まずに毎日話しかけた結果、いつの間にか、なぜだか気が付くとNさんと時々一緒に帰るようになっていました。


 たぶんですけど、女の子って、「イヤ!」という感情をストレートに出せることって本当は気持ちいいんじゃないかと思うんですよね。普段、女の子らしくしなさいとか、先生の言うことを聞きなさい、とか言われている優等生ほど、実は自分の本心を発露する場が少ないのです。


 だから容赦なく堂々と面と向かって「あなたが嫌い」と言い続けることが彼女にとってはある意味で気持ちいいコミュニケーションだったのかもしれません。だから僕もめげずに嫌われてることを前提に話をし続けた。


 これ、念のため言っておきますけど安易に真似しないでくださいよ。

 大人になってから同じことをやったら犯罪だと思うんです。「イヤ!」ってハッキリ言われてるのにしつこくコミュニケーションをとろうとすると通報されます。よくわからない高校生同士だから辛うじて許された(?)やりとりだったと思います。あと、やっぱりNさんは最初から感情を露わにしていたので僕としても接しやすかった。相手の反応が予想できるほうが予想できないよりも圧倒的にコミュニケーションはとりやすいのです。


 初心者の将棋だと思ってください。相手は異常に飛車に執着していて、飛車を守るためならどんな犠牲も払います。

 ならば、飛車を人質にとれば相手のゲームをいくらでもコントロールできるのです。


 最初から嫌悪感を露わにするというのは手の内を晒すのと同じです。


 「僕のこと嫌いなんでしょ。知ってるよ。でさー、今日、花火大会いかない?」


 「は?なんで?」


 「親父から一眼レフカメラお下がりされてさ、どうせなら美女と花火を撮ってみたいんだよ」


 「私があなたと行くわけないでしょ」


 「そこをなんとか頼むよ。コンテストに応募したいんだ。そしたら、クラスで一番の美人でなきゃ」


 「条件は?」


 「賞を獲ったら、モスバーガー奢るよ」


 「それだけ?」


 「うーん、何をして欲しい?」


 「私の言うこと、何でも聞く?」


 「いいよ。一日奴隷になる」


 「3日」


 「いいよ。3日」


 「じゃ、5時に駅で待ち合わせね」


 結局、Nさんは待ち合わせに一時間遅刻しても駅で待っていてくれたのです。当時携帯電話なんて高校生は持ってませんから、ひたすら待つしかないという地獄のような状況でも、です。


 そからなんと僕は入学前から僕を嫌っていたNさんと、何度かデートするようになったのです。だからコミュニケーションというのは難しい。



 コミュニケーションの目的は「正しく伝えること」ではなく、「お互いが気持よく時間を過ごすこと」だと吉田尚記さんは言います。


 コミュニケーションの辛さを克服するとは、エレベータの中での気まずさを克服することだ、とも言います。


 なるほどなあ。

 さすが吉田尚記さんはコミュニケーションで飯を食ってるだけある。


 すごくさらさらっと読めて文章自体も「気持ちいいコミュニケーション」が成立している本なので、ちょっとコミュニケーションがニガテだな、と思ってる人には絶対オススメです。