THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

今年の未踏は面白かった

 昨日、一昨日と、未踏IT人材育成事業の最終成果報告会に行ってきた。

 どの発表も興味深かったが、一部プレゼンが下手すぎてやったことの凄さがぜんぜん伝わらないものもあった。それは残念だったが、やりきったことは評価してあげたい。ただ、プロジェクトをやっている人間が聞き手を無視した話をすれば、当然批判は受ける。その覚悟はみんな持って欲しい。


 僕は中間発表から見てるので、彼らが苦しむプロセスをほんの少しだけみてる。

 その結果、大きく変わったものもあるし、あんまり変わらなかったものもあるけど、どれも素晴らしい成果だったと思う。


 僕らのようなロートルができることは人脈を彼らにつないであげることなので、彼らの成果をいろいろな人に紹介してあげたい。


 中間発表では、僕は厳しいことをたくさん言った。

 これで若い人たちに嫌われてもいいと思った。


 それは中間発表の段階ではまだやりなおすチャンスがあるからだ。


 国のお金を使って、未踏領域の研究をしていることをもっと自覚して欲しいと思っていた。

 その成果は、必ず世の中の進歩に貢献しなければならない。たとえそれが百年後であろうとも。


 全部が終わって、懇親会の席で、候補者の一人から、「あのとき厳しいことを言ってくださってありがとうございました。僕達はあそこからコンセプトを練り直し、今回の発表につながったのです」と言われた。


 立派な若者だ、と思った。

 叱責されて腐るのではなく、そこから奮い立つ。そういう人物こそ未踏クリエイターに相応しいと思った。


 この場に鈴木健がいないことを本当に残念だと思った。

 彼ならもっと面白い視点のアドバイスをしてくれるだろうに。


 金子勇がまだ生きていたら、もっと楽しかっただろうなと思った。


 未踏の同期は、もう誰もここに来ていない。

 興味がないのかもしれない。


 けど、僕は今の自分があるのは未踏のおかげだと思っている。

 未踏によって育ててもらった恩を、僕は生涯を賭けて返していきたいと思う。


 もうひとつ残念だったのは、竹内先生や神島さんが、Apply.lyの価値を全く理解されていなかったことだ。彼らは「"中学生が作った"から凄いんでしょ?」と最後まで思い込んでた。


 それは違うとハッキリ言っておく。

 完璧に間違っている。


 「中学生でなければ作れない」から凄いのだ。


 しかも、他の大人の発表者たちは発表しつつも成果を我々外部の人間が確認する方法をひとつも提供しなかったのに対し、彼らは実際にサービスを立ち上げ、事前登録まで可能になっている。


 つまりもっとも事業化に近づいた唯一のプロジェクトが、このapply.lyなのである。

 そこ見落としちゃダメだよ神島さん

 そして、ほかの未踏クリエイターは、彼らを見習うべきだと思う。


 例えば、僕が仕事として全く同じものを作ろうとしてもあそこまでのものにするには3年はかかるだろう。ベテランの開発者でチームを組んで、検証してテストして、途方も無い労力の末にやっと生まれるだろう。


 しかし彼らは現実のニーズを持つ中学生であり、中学生が自分たち自身でプログラミングするためにプログラミング言語と開発環境そのものを創りだしたのだ。とてつもない完成度で。


 あれをみてScratchと区別が付かないなんていうのは、プログラミング言語を根本的に理解していない。

 LISPFORTRANの区別が付かないと言っているようなものだ。


 ビスケットがどうのというツッコミも完璧に的が外れている。

 本質はそこではない。



 問題は、ああいう中学生をこのまま野放しにすると、たちまちマスコミの餌食になってしまうことだ。

 これだけは絶対に避けなければならない。


 大衆の注目は麻薬だ。

 僕だって、その毒にやられ、こうして毎日ブログを書き続けている。これは一種の病気である。


 彼らは純粋にプログラミングが好きで、プログラミングしている。そこが最高に素晴らしいところなのだ。


 彼らをへんなマスコミの連中から守らなければならないが、しかし本当に賢い人間は、たとえ褒められても自分の力量を正しく自覚しているものである。だから彼らはへんなふうにはならないと思うけれども、そこは周囲の大人が注意していきたい。


 ただ、逆に言えば、中学生のうちから正しい評価と注目を浴びるのは、彼らの人生にとっては最終的にプラスになる可能性もある。


 例えば僕が16歳のとき、初めて雑誌に投稿した3Dプログラミングのライブラリは、すぐさま10ページの特集記事として掲載された。今は当たり前だが、当時はリアルタイムで3D処理をするライブラリは存在していなかった。それをやるためには、PC-9801のグラフィック・ディスプレイ・コントローラ(GDC)を使いこなし、三角関数をテーブル演算し、なおかつ複雑な4×4行列を高速に計算するため、フルアセンブリの実装が必要だった。僕は中学生の頃からこのライブラリを作り続け、高校1年生の冬に投稿した。


 おおらかな時代だったので、僕の原稿には僕の自宅の住所と電話番号を掲載していた。


 すると日本中から手紙が来た。

 大学教授や、大学生、サラリーマン、中には「会計士の勉強をするため経済学部に通っていたけど、この記事を読んで3Dに興味がでたので大学を辞めました」という人までいた。


 彼らとの交流をきっかけに大学一年生のときに「3D野郎大会」を開催し、それが現在のCEDECになった。3D野郎大会参加者の顔ぶれは、初期の未踏スーパークリエイターが多く居た。たとえば金子勇だ。彼は僕が直接口説き、連れてきた。原子力研究開発機構に居たが、天才的な3Dプログラマーだった。そして後にWinnyを作った。



 これによって僕はインターネット以前の当時としては異常な注目を浴びた。けれどもそれが結果的に、僕という人間が多少の炎上では動じない人間に育ててくれた。


 これは登大遊さんも同じで、彼が中学生の頃、僕は工学社の雑誌で彼の記事を見ていた。

 彼は最初から有名だったので、未踏で天才プログラマーに認定されてもおかしな方向にはいかなかった。


 そして仮に彼らが注目を浴びることがあったとしても、それは実力相応だ。


 だから僕は帰り際、彼らにこう言った。


 「謙遜はやめろ」 


 謙遜というのはくだらない。

 日本人は謙遜が好きだから、それが美徳のように思われているが、それはむしろ害悪だ。

 どうしてか?


 「天才なんですって?」

 「いえいえ」

 「でも凄いですよね、聞きましたよ」

 「いえいえ、たいしたことないです」

 「テレビとかにもでてたし」

 「いえいえ。僕なんかまだまだ」


 解るだろうか?

 謙遜するとさらに褒め言葉を引き出してしまうのである。

 つまり謙遜すればするほど、褒め言葉をたくさん浴びることになる。


 そのうえ謙遜が害悪なのは、自分では「嘘をついている」と思っているのである。

 ということは脳内では相手の褒め言葉だけが強化学習される。

 これではろくな人間にならない。



 僕も昔はずっと謙遜してた。それが正しいと思ってた。

 しかしあるときこれがとてもくだらないと気づいた。

 謙遜は自分をダメにしてしまう。


 謙虚ではあるべきだが謙遜はしてはならない。

 ではどうするか?


 「天才なんですって?」

 「はい」

 「どう天才なんですか?」

 「いや、そういう制度があって、選ばれただけです」


 これで話は終わる。時間も節約できる。

 そのうえ、言い訳することで自己認識の誤謬も起こらなくなる。


 「はい」と答えづらい場合は「恐れいります」と答えればいい。


 そして大切なのは、謙遜しない傲慢さを受け入れる一方で、自分の位置を正確に把握することだ。


 君たちは馬鹿じゃない。

 馬鹿じゃないことはハッキリしているわけだから、頭のなかで常に先人と自分を比べてみればいい。


 アラン・ケイとくらべて自分はどのくらい賢いだろうか

 ビル・ゲイツとくらべて自分はどれくらい成功しただろうか

 若き日のスティーブ・ウォズニアックと比べて、どれだけ天才だろうか。


 そうすれば、常に自分の位置を正確に把握できる。



 

 15歳で注目を集め、その後も成功した人間は大勢いる。


 たとえばスティーブン・ウルフラムは17歳で大学に入学し、10本の学術論文を書いた。

 20歳でカリフォルニア工科大学Ph.D(博士号)を取得、Mathematicaというアプリケーションを開発し、今もウルフラム・リサーチ社のCEOを務めている。ウルフラム・リサーチの提供する推論エンジン、ウルフラム・アルファはiOSのSiriやAndroidのIrisで使われている。


 彼は根本的に、自分と他者をつねに認識していたはずだ。

 自分はどれだけ賢いのだろうか、過去の偉人と比べたらどうだろうか。


 少なくとも僕は常にそういうことを考えていた。


 そうすると、自然と「自分はまだまだだ」と心から思えるのである。

 僕はアラン・ケイにはなれないし、ダグラス・エンゲルバートにもなれない。


 鈴木健のように事業を成功させたこともないし、川上量生みたいに会社を大きくできてない。


 もっと先へ、もっと遠くへ、と、僕は考えている。


 これをやるためには、謙遜してはならない。

 人間はどれだけもとが賢くても強化学習に勝てない。


 そして人間は謙遜によってどんどん愚かになる。

 外でたくさん謙遜したぶん、家で思い出して傲慢な気分を味わう。


 こんなことを繰り返していたら、目的が作ることから注目を浴びることにすり替わってしまう。

 

 彼らの才能を理解できないなら、まず彼らが立ち上げたWebサービスを見てみるといい

inLay

 なまじの大人がつくるものよりよほど良く出来てる。アメリカのスタートアップだと言われても信じてしまいそうだ。


 小学四年生のサイトを捏造した人間はこれを見て自分を恥ずかしいと思うべきだ。


 中身はもっと凄い。


 僕が中間発表で、「チャットやTwitterクライアントは作れないのか」と聞いたら「いや、ビジュアルプログラミング言語でチャットのような複雑なアプリは無理だ」と彼らは答えた。子供らしい先入観だ。そこで僕が「いや、僕のMOONBlockには、チャットを60秒で作れるような機能を付けるよ」と言ったら、最終発表でチャットのサンプルを出してきた。悔しいことに、僕のよりずっとよく出来てる。完敗だった。


 未踏の最終成果報告会は以下のIPAチャンネルからタイムシフトで視聴できる。

 これはお金を払ってでも見る価値がある。

IPAチャンネル - ニコニコチャンネル:社会・言論

http://ch.nicovideo.jp/ipa


 竹内先生ほど賢い人でさえ、若さというフィルターに惑わされてしまう。

 「若さ」は圧倒的に眩しい。まぶしすぎて本質を見極めることができなくなってしまう。

 15歳といえば竹内先生にはまるで恒星のように見えたことだろう。


 僕が彼らを理解できるのは、僕自身も同じ経験があるからだ。

 16歳の僕は、間違いなく国内の3Dプログラミングでは大人に負けない実力があると確信していた。

 でも周囲の愚かな大人はそれを理解できていなかった。知らないからだ。

 3Dプログラミングの必要性も、その魅力も、それをやるためにどれだけ労力がかかるかも。


 本当に理解できたのは、読者たちだけである。

 彼らはまず記事を読み、それからその記事の執筆者が16歳だと知るのだ。だから驚いて手紙をくれたのである。


 なぜなら当時、リアルタイムの3D処理をPC-9801で行うことができるライブラリはどこにもなかったからである。どこにもないということが、つまり最先端である。この実績があったから、僕は20歳でMicrosoftの本社に雇ってもらうことが出来たのだ。この分野に関しては日本で誰よりも詳しいと思っていた(実際にはもっとすごい人は居たのだが、目に見える所にいなかったんだけどね)。


 ハッキリ言って、僕はそれ以後、ろくなプログラムを書いてない。

 僕が唯一、きちんと書いたプログラムはそのライブラリだけである。

 というのも、これは寝ても覚めてもプログラミングに熱中する少年だけが書けるプログラムなのである。

 僕が凄い高校生だったわけではない。高校生が凄くプログラミングをしてただけだ。特にそのライブラリは、中学の三年間全てと高校一年間がかかった。四年がかりで執念深くプログラミングすれば、大人顔負けのものができて当たり前だ。特別なことはなにもないのだ。



 子供が凄いのは、怖いものがないことだ。

 既存の世界観を破壊し、否定し、成長する。

 Apply.lyの画面を見て仰天した。

 あれを見てビックリしない人のほうがむしろ普通だと思う。


 けれども、「普通」だと思うこと自体が、彼らのデザインの凄さである。

 プログラミングは本来「普通」ではないのだ。

 普通ではないプログラミングが、普通にできていることの凄さ、そのデザインの無駄のなさ

 彼らがプログラミングというものを真剣に考え、正面から取り組み、夢中になっているからこそ、できることなのである。


 彼らもいつか僕と同じように、プログラミングができなくなっていくかもしれない。


 僕はもうプログラミングをそんなにしてない。子供の頃は毎日毎夜プログラミングに熱中していた。それしか考えたくなかった。今の僕は、肉とか金とか、まあ一言でいってろくでもない邪念の塊になってしまった。だから彼らが眩しい。けど、僕には経験値と人脈がある。それが彼らの助けになるのなら、喜んで手を貸したい。


 岡田さん、竹田さん、両名の作ったこのサービスは、目下のところ、間違いなく世界最高峰のビジュアルプログラミング環境である。僕は彼らのファンになった。僕は公私ともに全面的に応援するつもりだ。


 僕は中間発表の時は「まだまだガキだな」と思って侮っていた。

 けれども彼らは僕のアドバイスをわずかなワードから完璧に理解し、強化し、強烈な技で僕がこれまでやってきたことを完膚なきまでに叩きのめした。僕は敗北したのだ。


 完璧な敗北のあと、そして僕の心の底から沸き上がってきた感情は、意外にも、歓喜だった。

 そう、僕はずっと待っていたのだ。彼らのような若者が出現することを、僕を年齢でも実力でも打ち負かすことのできる人間を。


 僕はMOONBlockをやめてしまおうかとも思った。

 だがそれはすぐに間違いだと気づいた。


 もしも人類がFORTRANしか持っていなかったら、JavaScriptは永久に生まれなかった。

 FORTRANと同時期にLISPが出現し、これが男と女のように、お互いに関係しながら様々な言語が生まれていった。


 ビジュアルプログラミング言語の問題は、選択肢が狭すぎることだ。

 Scratch、Squeakしかなかった、そこにGoogleがBlocklyという(かなり中途半端な)ものを作り、僕らがMOONBlockを作った。ビスケットというのもある。けれども、これだけではぜんぜん足りない。


 それを中学生が自分たち自身のために自分たちで作ったApply.lyが出現した。

 これは過去のビジュアルプログラミング言語の概念を永久に変えてしまうくらいインパクトのあるものだ。


 実は僕は次の本でビジュアルプログラミング言語で実用的なアプリを作る、という内容を扱う予定だった。しかしそれはApply.lyの出現で発売する前から古臭いものになってしまった。内容をこれから書き換えなければならない。


 僕は僕でMOONBlockを作っていこうと思った。

 C++Objective-Cのように。


 お互いに影響を与えながら、切磋琢磨する場が生まれたのだと思えばいい。

 若きプログラミング言語開発者が出現したことは喜ばしいことだ。


 そういえば、ちょうど今日からニコニコ生放送でMOONBlock DX開発計 画と称した番組をやる予定になっていた。この放送の中で僕はApply.lyについてもっと深く突っ込んで紹介したい。もう負けは認めて、あとはいいところを真似させてもらいつつ、自分たちのMOONBlock独自の魅力を追加していくしかない。彼らにもチャンスがあれば見て欲しいので、今日は完全に無料放送でやろうと思う。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv209862741

 Scratchの阿部先生もぜひ会わせたい。きっと喜ぶだろう。もちろんチャンスがあればアラン・ケイやミッチェル・レズニックにも。ビデオだけでも送りたい。チャンスがあればまつもとゆきひろさんにも紹介したい。


 今年の未踏の募集ももう始まっているので、まずは挑戦してみよう。

未踏:2015年度 未踏IT人材発掘・育成事業 公募概要:IPA 独立行政法人 情報処理推進機構

http://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/2015/koubo_index.html


 厳しいことも言われるが、そのかわり大学や企業では絶対にできないレベルの研究ができる。いろいろなPMやOBからアドバイスが貰える。そしてなんなら、そこからビジネスだって生まれている。


 起業して5年以内に倒産する会社は50%と言われるが、未踏出身者が起業した場合の5年後倒産率は5%以下だと思う。なぜなら、未踏で会社を作って、潰したヤツというのを見たことがないからだ。


 会社が潰れるのは2つの原因がある。

 経営者に管理能力が無いか、経営者に人脈がない場合だ。


 よほどのことがないかぎり、未踏出身者の会社は倒産しない。

 人員削減することはあっても、倒産したことはない。


 起業するのにこれほど理想的な環境は考えられない。


 なぜなら、未踏出身者は未踏のプロジェクト管理を通じて管理能力を磨き、未踏を通じてOBやPMと強力なコネが生まれるからだ。


 いつかIT系の技術で起業することを考えていて、25歳未満なのに、未踏に挑戦しないのは常識的に考えておかしい。未踏はベンチャーキャピタルから調達するよりも安全で、しかも事業を進める前に自前に審査してもらうことができ、実際に事業化して成功する例が沢山あるわけだから、未踏を選ばないのは非合理的であるとさえ言える。


 そのうえ、これが一番重要なところだが、未踏出身の起業家は、たとえ事業を失敗させても、誰も不幸になっていない。クビを吊って死んだり、膨大な借金を抱えて自己破産した人はいない。



 鈴木健はエクストリームミーティング(XM)で事業を起こして失敗したが、SmartNewsを作った。

 中嶋謙互もXMをやっていたが、本業を倒産させてしまったが、事業に失敗しても今はKickstarterでAirshipQというゲームを作っている。別に不幸にはなってない。


 起業に失敗しても不幸にならないのならば、敢えて果敢に挑戦すべきだ。



 自民党政権になって、未踏にも再び予算が戻ってきた。


 今、世の中では凄いことが起きようとしている。

 その誕生の瞬間に立ち会えたことを僕は誇りに思う。


 みなさん、ありがとう。