THE長文日記

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復活の神田薮蕎麦。やはり日本人に産まれて良かった

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 薮蕎麦が火事で消失したという一報を聞いたのはちょうどラスベガスに居る時だったと思う。


 あまりのことに愕然とし、同行していたスタッフに「薮が焼けたらしい」とこぼすと、「竹やぶですか?早口言葉の・・・」と言われてさらに愕然とした。


 世界中歩き回ったが、美味い蕎麦が食えるのは、日本だけである。

 イタリアにはピッツォケッリという蕎麦のパスタがあり、ネパールにはロティという平たいパンにそば粉を使うことがある。フランス料理のガレットにもそば粉を使う場合がある。

 しかしそれらはいわゆる「蕎麦」ではない。

 そば粉を使ってはいるが、僕らが「蕎麦」と聞いてイメージする蕎麦ではない。蕎麦は純然たる日本料理である。


 ソバという植物の源流は中国南部から奈良時代に伝来したとされるが、蕎麦切りという麺の形になったのは日本の長野県が最初と言われる。


 実際、中国では麺といえば中華麺であり、小麦粉を原料としている。つまりソバを麺の形で食べるのは日本とイタリアだけだ。


 日本蕎麦はやはり独特なものであり、スティーブ・ジョブズも日本に来て日本蕎麦の美味さに目覚め、Appleの社員食堂の料理人を日本の蕎麦屋で修行させて社食で蕎麦を出すようにしたという。


 つまりちゃんとした日本蕎麦は日本にいなければ食べることが出来ないのだ。

 

 

 神田の薮蕎麦と言えば、僕は子どもの頃から秋葉原に来る度に親父が連れて行ってくれて、「ここの蕎麦は日本一うまいと思うんだ」と今思えばずいぶんと高級な蕎麦を食わせてもらっていた。


 かの時代小説家、池波正太郎も通ったという。


 「せいろういちまぁ~い」


 「ありがとう存知ま~す」


 歴史を感じさせる店の佇まい、神田の薮独特のイントネーションで浪曲のように流れる美声。独特の喉ごしが楽しめる蕎麦。そしてサクサクの衣とエビのたっぷり入った天たね。薮のなにもかもが好きだった。


 僕にとっては秋葉原のご馳走といえば薮であり、遠方から客人が来れば、必ず薮でもてなすほど、薮が好きだった。


 しかしその薮が燃えてなくなってしまった。




 百年近くの間、健在だった薮の店舗が、木造であるが故に燃えてしまった。

 僕としては子どもの頃から通っていた店がなくなってしまったというショックが大きく、ひどく落胆したのを覚えている。


 日本に帰ると薮のあったはずの場所は駐車場になっていた。

 無惨だった。


 しかし僕は実際に薮の跡地を訪れて、それで大きく元気づけられることになった。


 駐車場には「神田薮蕎麦建設予定地」と書かれていたからだ。


 薮は焼けても、その精神は死んでない。

 必ずや復活を遂げるという、高らかな宣言に思えた。


 そうしてようやく、薮は予告通り復活した。

 この日をどんなに待ちわびただろう。


 しかしそう思っていたのは僕だけではなかった。

 薮のファンは全国に居たのだ。

 

 新潟の片田舎に済んでいた小学生の僕がそうだったように。


 しばらくは行列が途切れることがなく、なかなか薮にいくチャンスがなかった。

 行きたいと思いつつも、いいタイミングがなくて、気がつくと年があけていた。


 そんな日、ついに千載一遇のチャンスがやってきた。

 薮に行列のできる開店前から並び、真新しく、しかし同時に格調の高さも感じる店舗の佇まいは、ここから新しい薮の歴史を作るのだという決意さえ感じられた。


 はやる気持ちを抑えながら、多めのせいろうと、天たねをオーダーする。

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 そして運ばれてきたせいろうは、美しく薄緑色に輝き、瑞々しさを保ったまま卓上に出現した。

 麺の下半分だけをつゆに浸け、一気に啜る。


 う、美味い。


 近所のまつやも美味いが、やはり薮は子どもの頃の記憶が蘇り、感動もひとしおだ。

 天たねのサクサク感も健在だ。

 

 ああ、ここからまた新しい薮の歴史が始まるのだ。


 店の外に目を転じると、早くも行列が出来ていた。

 雨の日だというのに、年配の背広姿が並んでいた。


 ああ、蕎麦は美味いなあ。

 日本人で良かった。

 


 薮の帰りに、池波正太郎原作、さいとうたかお作画のマンガ版剣客商売Kindleで読む。

 それもまた日本人の特権だよなあ