THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

六本木で見た同人誌。美女と艷女とボクシング

 そもそもゲーム屋っていうのはね、基本的にみんな金持ちで、特にヒットを出したゲーム屋っていうのは天文学的な金持ちで、だから都内にベランダ付きの一軒家とか買えるわけよね。


 貧乏なゲーム屋ってのはゲーム屋としては二流以下なんだよね、とりあえず残念ながら。それはゲームを当ててないってことだから。ヒットの打てない四番打者みたいなもので、早晩、戦力外通告される。そういう世界だから仕方がない。タレントでいえば干される状態。


 スポーツ選手とゲーム屋は旬が短いという点では似てるかもしれない。継続的にじっくり稼ぎ続けるゲーム屋は本当に一握りしかいない。


 まあでもこれはエンターテインメント全般に言えて、強いプロスポーツ選手は高収入だし、貧乏なJリーガーを一流選手とは呼ばないよね。



 契約金30億の中田英寿のプレイをヨーロッパの失業者が見て熱狂する、それがエンターテインメント。

 プロモーターもスポンサーももっと儲かるわけだ。



 昨日、宇宙的なイタズラでひょんなことからチケットを手に入れたボクシングのトリプルタイトルマッチを見に行った。

http://gyazo.com/6c02d67dfb21446d72ffd31d4a4ad34e.png

 ボクシング見るのは初めてなんだけど、いやなかなか感動した。

 今回は基本的にイケメンが勝つ、という試合だった。

 21歳の井上尚弥が3ダウン奪ったあとのKOは衝撃だった。まあ相手39歳だからなー。

 日本最速2階級制覇


 2階級制覇ってわりとすぐやっちゃうんだなー。という印象。

 今回のが特別だったのかもしれないけどね。


 今回はイケメンボクサーが多い気がしたね。今回は。女性人気を狙ってるのかな。

 亀田なんとかよりは女の子ウケいいと思った

 

 しかし同時に現場のヤジというか、声援なのかなー、ああいうのもなんか絶妙に品がなくて絶妙な気分になった。リングの上にある栄光をつかむ人たちと、品のないヤジを飛ばす人たち。ただ、基本的にみんな「ガンバレ」とか言わないので、さほど品がないという感じでもなかった。あしたのジョーみたいな世界かと思ったらそうでもない。相手のことを悪く言うヤジはないし、相手(たいがいは日本人vs外人だった)が勝っても拍手を贈るのはさすが先進国と思った。僕はどちらかというと超アウェイで戦ってる外人選手を心のなかでは応援していたけどね。


 基本的にファイトマネーは観客動員数で決まるらしい。

 テレビ中継される試合なら、視聴率に応じて何千万になることも。


 ヘタすると格下ボクサーのファイトマネーはチケットで供給されて、これを自分で売れ、とか言われるらしい。ボクサーは大変だなあ。

 


 金持ちが売って、庶民が遊ぶ。それがエンターテインメントだとすれば、その真逆で、庶民が売って、金持ちが買うものというのがある。それが高級ブランドの世界。



 イヴ・サンローラン、ジョルジォ・アルマーニプラダ、グッチ、etc.etc.


 そういうお店に訪れるお得意様というのは、日本全国で数百人もいない。

 それは例えば芸能人とかハリウッドセレブとか、そういう、「絵になるお金持ち」というのはかなり稀で、実際には田舎のパチンコ屋さんの跡取りだとか、土地で儲けた倅だったりとか、とにかくあまり絵にならないお金持ちというのが居る。


 その中でも、一つのブランドあたり年間500万円以上のお金を落とすお客さんというのは本当に特別なお客さんだ。


 そういうお客さんの中には、もはやあり余るお金をなんに使っていいのかわからなくて、ユニークな行動に出る人も居る。


 たとえば「この棚のここからここまで全部」だったり、自分用にデザインを特注させたり、まあいろいろ無駄遣いの仕方は用意されているんだけど、それじゃあぜんぜん足りないのよ、という人も居る。


 夜の六本木。

 なぜかわけのわからない宴に呼び出された僕。


 今日は疲れてるしもう帰りたい・・・・明日はもう大晦日よ。

 そんな気分とお構いなしに続く狂乱の宴。


 目の前には初対面の女性三人と、傍らに初対面の男性一人。

 なにこれ、お見合いパーティ?


 違います。とある陰謀でハメられた悲しき熱帯魚の末路です。

 とにかく俺をここに召喚したはずの友人が現れず、帰りたいけど帰れない。


 なぜ、よりによってこの日を選んだんだ友よ。

 疲労が溜まりすぎてとても頭がついていかない。

 つうか12時から別の約束あるんだよなー。


 コミケにも行きたい。

 けどコミケに行く時間がとれなかった。

 ああ、薄い本、薄い本。

 薄い本が見たいよー


 とらの穴に売ってない奴。

 三日目の西館が好きだ。


 へんなマニアと意外と新しい出会いがあるから。

 変な女である田中晴子ともそこで出会った。

 

 ああ、コミケ、行きたい。うーむ


 などとブツブツ言っていたが、まあそれはいい。


 女性三人はいずれも、それぞれが海外の高級ブランドで働くきらびやかな世界の人たち。

 しかしその口から語られる内情に思わず笑ってしまった。


 それはやはり主にお金持ち、お得意様と言われる人たちの言動なんだけど、まあそれを聞いてるのはけっこう面白い。


 すると一人の女性が携えていた高級そのものといったバッグ(社販品)からとんでもないブツを取り出した。


 それをひと目みた僕は仰天した。


 それは紛れも無く「薄い本」だった。

 本来、お盆とこの時期の有明かとらの穴でしか見ることのできない薄い本。


 しかも、製本すらされておらずカラーコピーされ中とじ用のホチキスで閉じられた、いわゆるコピー本だ。


 こ、こんなものがなぜここに?


 ピカピカの高級ブランドバッグとその薄い本のギャップがすごすぎて絶句したが、さらにその内容は想像をはるかに超えていた。


 森高千里のような衣装を着た女性が様々な着こなしを披露している。


 しかしどの写真もすべて同一のモデル。

 なかなかの脚線美だが、どうもなにか違和感を感じざるを得ない。


 その裏表紙には、発行者兼モデルの名前と思わしきものと、ご丁寧に括弧書きで年齢が書かれている。


 僕の母親と同じくらいの年齢だった。


 「こ、これはなんですか?」


 「その方はうちのブランドのお得意様で、ときどきこういう冊子をお店にくれるんです。とても貴重なもので、手に入れることができる人も限られているんですよ。私は先輩から頂いたのですが」


 「あ、その方、うちもお得意様です」


 別のブランドの女性が答える。


 まあある人が特定のブランドでだけ散財する可能性はそんなに高くないものな。


 人間、そんなに無駄金を使えるものかよと思ったが、とある大富豪の奥方が毎年1億円くらい浪費していたという話を伺ったことがあるので、そういう可能性も十分あるだろう。


 しかしならばなぜこの同人誌の編纂と印刷にもっと無駄金を使わなかったのか。

 カメラマンもさあ、ちゃんとしたカメラマン雇おうよ。あとレイアウターも。


 まあ自分で編集するのが楽しいのかもしれないけど、印刷所は使った方がいい。


 で、以前、荒川区で配られていた月刊ソウマアキオ(仮名)新聞のことを思い出した。

 彼は共産党員だったか無所属新人だったか忘れたけど、いわゆる政治家で、地域の問題をとりあげた新聞を勝手に作って勝手に頒布していた。


 意外と読み応えがある。

 そういえば学生の頃、東大に加藤一雄だか名前はわすれたが、やはり加藤一雄新聞、みたいなタイトルでマンホールのフタを研究したり、日本全国の駅で降りようとして失敗したり、面白おかしい人生を新聞の形で周知する手法が流行ったことがあった。


 人間、やることがなくて暇になると急にブロードキャスト側に回るというか、とりあえず俺はここにいるぞ、というのろしを上げずにはいられない人がいるらしい。ソウマアキオも加藤一雄も、今はブログでもやってるんじゃないだろうか。しかし政治家のブログほどつまらないブログはない。



 まあ政治的意図をもって新聞やポリタスを発行する人たちに比べると、有明で薄い本を売ってる人たちは、なんだろう、やはり生存確認?存在証明?んで、同人誌の即売会がメインであるイベントというのは世界広しといえども日本だけなのだ。日本人はコミケを誇っていい。


 ドラマ「ビッグバン・セオリー」の吹き替え版では当時用人物がよく「コミケ」と言ってるけど、アメリカや欧米にあるのはコミコン、コミック・コンベンションであってコミック・マーケットではない。ぜんぜん違う。翻訳してる人は反省してほしい。


 コミック・コンベンションは、ほぼオフィシャルな商業イベントで、日本で言えば東京ゲームショウみたいなものだ。東京ゲームショウコミケの一種だと思ってる人はいないのと同じだ。


 パリのジャパン・エキスポやマルセイユのコミコンにも行ったけど、基本的に同人誌を作って売ってる人は極めて少ない。彼らはあくまでもコミックの消費者でしかなく、自らそれを消費し、代謝し、二次創作まで高めることのできるファンは本当に一握りしかいない。


 ところが日本人の多くは、それができる。

 そこからプロになる人もいるし、プロになってから同人誌を書く人も居る。


 しかし大半の人はプロになりたいわけでもなく、ただ自らの楽しみのために才能を磨き、薄い本を作り、同好の士を見つける。これは世界的にみて非常に稀有な文化なのだ。


 日本でブログやTwitterが流行するのは、いわば当たり前なのである。

 一億総発信者社会なのだ。


 子供が落書き帳に落書きすることの延長上にコミケはある。

 そこが素晴らしいところなのだ。


 しかし件の薄い本。

 つまり話をいきなり夜の六本木に引き戻すと、件の薄い本は決して同好の士に向けられたものではない。

 その証拠に発行部数が少ない。各店舗に5部ずつしか配られないらしい。


 また、読むのはもっぱら店員だけである。


 そしてページをめくっていくと、コラムがあり、店員のファッションチェックが掲載されている。

 コメントがなかなか手厳しい。


 店員とお得意様との可処分所得の差は、10倍では効かないだろう。

 その勢いで買い物をしてるということは、全店舗合計で最低でも年間3000万円近いと推定される。

 つまりこのファッションを参考にできる人は可処分所得がだいたい同じくらいの人だけであって、なおかつ同年齢でモリタカのような美脚を有していることが必要になる。うん、そんな人いないから。



 以前、LEONの創刊編集長である岸田一郎さんのお仕事を手伝わせていただいた時期があって、まあ可処分所得2000万円以上の人って意外とたくさんいるんだなと思う反面、そういう人に限ってセンスに恵まれてることは少ないなあと思ったりした。



 岸田一郎さんは「ちょいワルオヤジ」LEONの姉妹誌、NIKITAで、「艶女(アデージョ)」という言葉を作った。抜群のセンスだと思う。艶やかな女性。そこには年齢も才能も関係なく、ただ綺羅びやかな世界、クレオパトラかエカテリーナかといった豪奢さ、絢爛さがすべて内包されている。けどNIKITAが流行らなかったのは、やはり岸田さんが女性の心理を読み切れてなかったんじゃないかな、という気もする。


 艷女という言葉も語感も素晴らしいけど、あくまでも男から見た女性という気がする。

 本当に自分が艶やかな女性になりたい、なってみたいと思う人がいるとしたら、むしろNIKITAでは「コムスメ」と蔑まれる方の女性じゃなかったかなと思う。本当に40オーバーで、「艶やかになりたい」とは思わないんじゃないの?彼女たちが全力で努力して一生懸命「オンナ」を演出して、それでようやく到達するのが辛うじて「艷女」なのであって、あと画数が多いから熟女と見間違われそうだし、それって結局、女を年齢で分けていることに変わりないしね。



 「ちょいワル」が良かったのは、よくも悪くも幅広さがあった。

 元ヤンキーの八百屋のオヤジだってちょいワル、大金持ちだってちょいワル、年齢も社会的地位も関係なくだれでもちょいワルになれそうな気がした。どんな人でもちょいワルくらいならなってもいい。だってモテそうだし。


 たとえばね、女性に向かって「アデージョですね」と言って喜ばれる気がしない。

 「なによ、年食ってるって言いたいの?」と反論されそうだ。


 いとうまい子さんと会った直後だけに、美しさは年齢に関係ないということがわかるし、もちろんいとうさんに「艷女」なんて単語が似合わないのは当然だ。いとうさんは今までもこれからもただただ「可愛らしい永遠のアイドル」なのだ。いつ「微熱かナ」を歌い出してもみんなが熱狂できる。それって本当は凄いことだし、実際の女性が目指すのはむしろこっち側ではないだろうか。


D


 何年か前に、天下一カウボーイ大会で日高のり子さんと一緒に司会をさせていただいた時にも思ったけど、本当に綺麗な女性は年齢を全く感じさせないのだ。



 ただしそれはもう生まれながらの才能と、そのあとの血の滲むような努力の賜物であることは言うまでもない。誰もがいとうまい子さんや日高のり子さんのように年をとることはできない。


 そこに到達できない人に対するある種の慰めの言葉が「艷女(アデージョ)」だったのかもしれない。

 が、最近は「ちょいワル」もすっかり下火になってしまった。

 トレンドは流れて行くもの。流行とはよく言ったものだ。



 テレビに出てるようないわゆる「大富豪」もそうだと思うんだけど、なんか露悪的というか、「それは悪趣味だろ」という格好を平気でする。どこぞの女社長とか。


 まあ一時期の与沢翼もそうだと思う。アパレルやってるのに悪趣味。まあむしろ悪趣味なアパレルで稼いでいたのでそれはそれでいいのかもしれないけど。それにその趣味が悪趣味かどうかはあくまで主観だからね。でも共感を得られる対象は限られると思う。



 そう考えると、与沢翼が絶頂期に発売した雑誌は、この薄い本と似てる。

 「もっとプロのカメラマン使えよ」とか「ちゃんとした装丁にしろよ」というツッコミをすべて実現すると与沢翼の雑誌になる。


 なるほど、これが商業誌というものか。

 これに対して、薄い本。

 うーむ。薄い本。


 この女性はきっと艷女になりたかったんだろうな。

 そのために努力もしたし、高級ブランドも買った。


 けれども、本当の意味で彼女のセンスなり努力なりを褒めてくれる人は少ない。

 もうどうすれば自分が承認されるかわからなくなって、薄い本を作ってしまったんじゃないだろうか。


 そう考えると、一人のか弱い女性の悲哀さえ感じる。

 圧倒的な才能と努力で今も美しく居続けるホンモノのアイドル、いとうまい子さんと、不格好でも加齢に立ち向かっていく、美の追求者、薄い本の人。


 まるで若くて才気あふれる25歳のイケメン、パンチャースタイルのペドロ・ゲバラに果敢に立ち向かうファイタースタイルの八重樫東(31歳)が、お世辞にもイケメンとは言いがたいルックスでも気合と根性で立ち向かっていく姿のようだ。KO負けはしたけど、いいファイトだった。ファンがつくのも解る。また挑戦してほしい。



 薄い本。


 あまりの衝撃に写真を掲載しようかと思ったんだけど、あまりにも衝撃的なので議論を産みそうだから掲載はやめることにした。女性に迷惑がかかっても嫌だし。



 こうして世の中のインパクトのある事件というのは封殺されていくのだ。

 くわばらくわばら


 だからこの物語はフィクションです。

 ということにしておこう。