THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

13年目のCEDEC

そのオッサンに出会ったのは98年の春先だった。

たしかネットのオフ会をやるという話になって、まだ学生だった僕はヒマにあかせてその幹事を買って出た。

流行り始めたばかりのインターネット。

プログラミングを趣味とする連中がたむろする場所がいくつかあって、そのうちのひとつがand.or.jpだった。

and.or.jp、ふざけたドメインだ。ちなみにあるユーザーはxor@and.or.jpとnot@and.or.jpを両方持っていた。


RIM-NETやBekkoameが有料サービスプロバイダを始めたばかりの時代、プログラマーやクリエイターのために無料で開放されていたのがand.or.jpだった。自由だった。会員になる条件はただひとつ。ソフトウェアで社会に貢献する人間であること、またはそれを誓うこと。そうしてand.or.jpには気鋭のプログラマー達が集まった。


不思議なサーバーだった。

実はその裏側には、当時の国益のために密かに優れたソフトウェア開発者達を養成したいという霞ヶ関の意向があった。


なかでも盛り上がっていたのは、bio.and.or.jp、当時気鋭のゲームクリエイター集団、Bio_100%のサイトだった。ことの発端はそこだ。


せっかくプログラマーが集まるオフ会になるんだから、どこか借りてみんなの作品を見せ合う場所を作ろう、ということになった。当時はDirect3Dが出たばかりで、みんなが夢中になっていた。オフ会の名称はいつのまにか「3D野郎大会」になった。


僕は幹事として、ネットで片っ端から面白そうなことをやっている人をみつけては声をかけた。

NEKOFlightの金子勇さん、めるべいゆのかみやん、GLclockの川瀬雅樹さんなどなど。

それを見て腕に自身があるプログラマーも集まって来た。クライマックスの永谷真澄さん、XELFさん、ひょーんプロジェクトさん、他にも数えきれないがとにかくなにかよくわからない得体の知れない連中がやってきて、自分の腕を見せつけた。


当時、勉強会という形態のイベントはなく、3D野郎大会も勉強会ではなかった。ただ自分の作ったモノを自慢する場所が欲しかった。


そのオッサンはそこにやってきた。

明らかに場違いな人だった。


なにが場違いって、まずスーツだ。

日曜にスーツを着て歩くプログラマーは居ない。

おまけに禿上がっていた。年齢不詳。職業も不詳。

そんな人間がプログラマーだらけの会に混じっているのは違和感があった。


懇親会の席で、Bio_100%のリーダー、altyにそのオッサンを紹介された。彼はオガタと名乗った。


オフ会は大成功。恐るべき興奮があった。僕はaltyの書生としてその後もいろんなことをするようになった。

それからしばらくして、altyが「オガタさんが会いたがってる」という話をしてきた。


なんの用事があるんだろう、と思って会いに行ってみて、初めてオガタという人物が何者なのか解った。


彼は社団法人コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会、通称CESAの事務局に勤務していた。東京ゲームショウにも深く関わり、次なる業界の発展のために何が必要なのか考えた結果、開発者の地位向上と技術交流が必要だという持論を持っていた。


そこでCESA公認のイベントとしてゲーム開発者向けの勉強会を立ち上げることが出来ないか模索していたのだという。


「でもオレ、営業畑だから技術のこととかなんもわかんないんだ。それでaltyさんに相談したら、あのイベントのことを聞いてね。例の3D野郎大会、まさにこれだ!って思ったんだよね。CESAでどんなイベントができるか、一緒に手伝ってくれないかな」


それから何度か非公認の秘密会議が招集された。"東京ゲームショウ"の初代プロデューサーでそのネーミングも担当したコピーライターの福井さん、セガAM2研から独立した株式会社元気の砂塚さん、Microsoftの森さん、EAスクウェアの中里さん、それと大学生だった僕、という面子だ。僕たちの存在はCESAの中でも異例中の異例だった。本来CESAの意思決定を行うのは各ゲーム会社の重役が兼任する技術委員会だ。しかし彼らは忙しいのとそもそもゲーム開発者が互いに交流するというのを快く思わない人も少なくなかった。


オガタさんは頭の堅い技術委員のお偉方を上手く説得しつつ、実務面ではそうして集めたボランティアの開発者達に企画を立てさせるという両面作戦でこのイベントを立ち上げようとしていた。


ある日、うふふ、とオガタさんはニヤニヤしながら言った。


CEDEC。セデック。これからそう呼ぶことになったから。CESAゲームデベロッパーズカンファレンス


悪くない名前だ。

それから僕ら秘密会議にはCEDEC SWATという通称をオガタさんが勝手に与えた。

SWATは特殊火器襲撃部隊だぞ・・・と思ったけど、確かに集められた連中のスキルを見れば、特殊火器とも言えなくもないし、性格面では襲撃部隊を名乗るのは全く違和感がなかった。


初期のCEDECのセッション企画の大半はCEDEC SWATが独断で決定していた。

僕はCEDECにまるごと一部屋、「3D野郎大会トラック」を確保して、頭の堅い上層部が知りもしないような現場の開発者が発表する場を設けた。確か実施されるときに名前は変更されていたが覚えていない。こうして3D野郎大会はCEDECに吸収された。


初年度の参加者は500人程度。

それから13年後、CEDECの参加者は5000人に達するまでにふくれあがった。


オガタさん、福井さんは僕が独立する時の後見人になってくれて、「ユビキタスエンターテインメント」の名称もオガタさんが考えた。オガタさんはUEI創業時の唯一のメンバーでもある。


僕とオガタさんはCEDEC SWATから離れた。僕らはしばらくは会社の経営に専念した。

CEDECの立上げに関わった技術委員の中でも特に理解を示してくれたのは、当時スクウェアの社長だった武市さんで、武市さんもUEIの取締役として迎えることになった。今ではUEIのナンバーツーとして豪腕をふるっている。技術顧問の西田先生も、もとはCEDECで講演していただけるよう要請しに行った時からのつきあいがある。


いわばUEIはCEDECによって生まれた会社と言っても良い。

主要メンバーの一人、シン石丸が初めて僕と会ったのも3D野郎大会の会場で、現UEIのCTOである水野君も挨拶はしてないがその場に居たらしい。運命とはわからないものだ。


とはいえCEDECCESAのイベントで、おまけに値段が高い。

CESA会員になるメリットもあまり感じられないなか、僕らはしばらくはCEDECとは縁のない生活を送っていた。


技術者の交流と人材育成、そうしたキーワードをもとに去年から新たにスタートしたプロジェクトがUEI/ARC、そしてenchant.jsと9leapだった。


enchant.jsがCEDEC AWARDSにノミネートされた、という知らせを聞いて耳を疑った。

CEDEC AWARDSはノミネートされた時点で優秀賞を受賞したことになり、ノミネート作品の中から各部門で最優秀賞が決まると言う。


CEDECはプロの世界のものだ、という認識がずっとあって、基本的に今のところアマチュアしか対象にしていないenchant.jsがプロの世界から賞をもらう、というのはピンと来なかった。


とはいえ、せっかくのことだし貰えるものは貰っておこう、と思って謹んでそれを受領することにした。

ところがそんな安請け合いをするべきじゃなかった。


念のため、スーツを着て来なさい、と開発チームの二人に言った。

僕はと言うと、夏物のスーツが古くなっていて、そもそも着るものがなかった。

万が一のときに短パンではマズかろうと朝、横浜そごうに行って靴からボトム、ベルト、ワイシャツ、ジャケットまで一揃え買った。


そこまでして、いざ授賞式に向かうと、急に気が重くなった。

というのも、それまで僕はネットワーク部門がどんな部門なのかよくわかっていなかったし、選考基準もわからなかった。


選考委員会に知り合いは一人も居なかったし、それがいい結果になるのか悪い結果になるのか予想もつかなかった。


しかもネットワーク部門は、他に「IT勉強会カレンダー」と「キングダムコンクエスト」というお化けみたいな有名どころが並び、さらに川口さんという、長年に渡ってゲーム業界の発展に貢献してこられた方もノミネートされていた。


僕は「まあ十中八九、最優秀賞には選ばれないと思うよ。でもノミネートされるだけで凄いことなんだよ。君たちは若いんだからまああと十年くらい頑張って、貰えるようになったらいいじゃない」と早くも若い二人の開発者を慰めに掛かった。


なにしろ前年のネットワーク部門最優秀賞はAmazon EC2だ。さすがにまだそこまでの貢献をできているとは正直思えない。


そもそも「ネットワーク部門」って何だ、という話になる。enchant.jsは開発環境じゃないのか。

すると、ノミネート理由には、「enchant.jsそのものではなくそれを中心とした活動全体」が対象であるとあった。つまりenchant.jsだけでなく、その開発コミュニティや9leapへの投稿者全体が評価されたと考えていい。


なるほど。そっちのネットワークか。だからIT勉強会カレンダーがノミネートされているのね。



各部門のノミネート作品が発表され、スポットライトが当たる。

僕らの番が来た。

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大スクリーンにARCとenchant.jsのロゴが表示され、それだけでも高揚感があった。

エリックの作ったビデオだ。


振り向いて、一礼。


ああこれで今日の出番は終わったな、と安堵した。


ところがそこで終わらなかった。


「ネットワーク部門、最優秀賞は、若き・・・」


そこまで聞いて解ってしまった。

ああマジか。そんなことがあっていいのか。こいつらまだ21歳だぞ。

思わず二人の顔を見た。信じられない、という顔をしている。携帯のバイブレーターみたいな小刻みな振動を感じて、みると伏見は足が震えていた。


再びスポットライトが当たり、呆然として立ち上がった。

とりあえず深々と一礼。


それからゆっくりと壇上に上がって、スピーチ。

僕のスピーチは目の焦点が合ってなかったと思う。

もはやなんのために朝イチでそごうに行ったのか、台無しもいいところだ。

http://game.watch.impress.co.jp/img/gmw/docs/554/345/aw_09.jpg

http://game.watch.impress.co.jp/docs/news/20120821_554345.html

しどろもどろだ。

この僕が。

しどろもどろ。

満場の客席に向かって。


どんなことを言ったのかあまり詳しく覚えていない。

確かこんな感じだったと思う。


 「こんにちは。清水亮です。今日は思いがけずこんな賞をいただき、大変光栄に思っております。正直言うと朝、秘書に、万が一受賞したときのためにスピーチ考えておいて下さい、と言われたのですが考えてませんでした。まあキングダムコンクエストだろうなあ、と。まさか我々とは・・・・。この二人は、プロジェクトリーダーの伏見と、メインプログラマーの高橋です。二人ともまだ21歳で、いきなりこんな賞を貰ってこいつらこの先どうするんだ、と思いますが、彼らから一言ずつ貰いたいと思います」


このコメントはあまりにひどすぎて、メディアに掲載された記事では盛大にカットされていた。

だから自分で書いた。改めてみると考えてなかったのはよくわかる。


伏見、高橋は恐るべき冷静さで完璧なスピーチをこなした。

おまえら一体なんなんだ。



授賞式が終わると、遠藤雅伸さんが駆け寄って来て、「清水くん、CEDECもそれほど悪くなかったじゃない」と声をかけて下さった。

松原さん、吉岡さんといった歴代のCEDEC実行委員長たちもお祝いの言葉をかけて下さって、少し涙が出そうになったけれども、我慢した。

Hidemyが駆け寄って来て、伏見高橋と三人で写真をとろうとしていた。

そうなんだ。壇上には三人までしか上がれない。

けれども、enchant.jsは僕たち三人で作ったものでは決してない。

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最初のコードを書いた田中諒、それを洗練させつつ発展させた伏見遼平、機能を大幅に拡張するコードを書き続ける高橋諒、彼らを指導する近藤誠、enchant PROを開発した増井健斗くん、公式解説書のほとんどを書いた布留川英一、ARCでアルバイトとして9leapへのゲームやサンプルコードを書いた神田くん、山下くん、福本くん、岡田くん、安田くん、海外での積極的なエヴァンジャライズを行ったエリック・マキーバーとその後任のブランドン・マッキネス。グローバルゲームジャムでenchant.jsのゲームを開発した鎌田君とビサイドの南治さん、9leapの企画立上げを担当した増田君、9leapのコラボレーションを次々まとめてきた柿添さん(そうそう。彼はxor@and.or.jpの持ち主だ)。ドット絵を描いた新津。メルルーの秘宝のアバターを描いた中澤さん、芦谷くん、画像の権利に関してドワンゴと根気づよく交渉してくれた中川くんも居る。そしてもちろんenchant.jsをより普及させるため、前田ブロックを開発した前ちゃんこと前田靖幸さん、秘密プロジェクトを遂行中の樋口真嗣さん、9leapのサイトをデザインした堀君。




もちろん社内だけじゃない。

enchant PROにAR機能を快くライセンスしてくれたKoozytの末吉さん、enchant.jsにコミットしてくれる芸者東京エンターテインメントの方々、Box2Dプラグインを開発したkassy708さん、text.enchant.jsを開発したnakamura001さん、他にもいつも勢力的に活動してくださるphi_jpさん、v416さん、usami_yuさん、blankblankさん、m_zatsuyoさん、daishi_hmrさん、yac_yac_yacさん、RyKishitaさん、hirhiroさん、alkaid_72thさん、SmartGameCafeさん、deokisiさん、mito_memelさんなどなど、やはりここには書ききれないほどの人々の協力がある。


いろいろとアドバイスをくれたDeNAの紀平さん。

彼の的確なアドバイスによって実はenchant.jsの性能はかなり上がった。彼に言わせればまだまだなのだと思うけど。


ドットインストールをはじめ、早期からenchant.jsの普及に力を貸して下さった百式の田口さん、わけもわからず4gamerの対談に登場してくれた津田大輔さん。それにenchant.jsと9leapにいちはやく目を付けて自社の媒体で取材してくれた東浩紀さん。

LAワークショップに協力してくださった、東京大学の西田教授と楽先生。

NFC対応を勧めてくれて、ご子息まで貸してくださった慶應義塾大学増井俊之教授。enchant.jsブースに遊びにきてくれた同じく慶應の稲見教授。


9leapの審査員を引受けて下さった水口哲也さん、遠藤雅伸さん、東浩紀さん。


また、9leapの立上げに尽力した慶應大学の伊藤君、電気通信大学の杉本君、9leap、enchant.jsのロゴデザインを担当したnendo graphicsの藤本さん、週刊アスキーでのソースコード連載を企画し、書籍化まで担当してくださったアスキーメディアワークスの伊藤有さん、倉西さんとF岡さん、斉藤一平さんにライターの柴田さん、イラストレーターのサダツグさん、ベストギアの長谷部編集長、それと4Gamerの岡田さん、Vekiさん、ファミ通Appsの目黒さん、鳥居さん、そしてもちろん全面的に協力してくださったエンターブレインの浜村さん、メディアジーンの今田さん、NECの神尾さん、国立情報学研究所の長久さん、そしてIGDAの小野さん、新さん、北海道キャンプ開催を全面的にバックアップして下さり、ボカロ、ピアプロとのコラボレーションも実現させてくださったクリプトンフューチャーメディアの伊藤博之さん、JAXAの方々、9leapのアイデアに、即決でスポンサーとなることを確約してくださったD2Cの宝珠山さん、本間さん、enchant.jsの可能性を信じて5億円という巨額の増資を即決してくださったジャフコの澁澤さん、三好さん、坂本さん、それとCEDEC運営員会の砂塚さんと松原さんと吉岡さん。


enchant.jsによる電通社員の研修というムチャに協力してくださった、電通の鏡役員、細金正隆さん、金原さん、それと研修につきあってくれた電通社員の方々も。


あと、海外でのイベント展開を手伝ってくれた今井里美さんと青木光一さん、コンラッド・ハメットナー、ボブ・ハントレー、ああやばい。もうぜんぜんわからん。


この一年半の間、自分の持てる全能力を使ってenchant.jsをやってきた。

とにかく大勢の人々の協力に感謝したい。思い出したら傍から追加していく。


さらに、この活動を影に日向に支え続けてくれたUEIの全ての社員と関係者、取引先諸々。


そして、実は一番活躍した、日本全国、世界各国を飛び回り、昼はブースに立って率先してビラを配り、夜は英文ドキュメントのチェックを行うなど、八面六臂の活躍でenchant.js開発チームを直接支えた、Hidemyこと辻さん。


皆さんに感謝したいと思います。


実はenchant.jsが国内の賞を受賞するのはIVSとMobile IT Awardにつづいてこれが三度目になるのだけれど、一番緊張したし、正直言って、CEDECには思い入れがあるから個人的には一番嬉しい。


なによりこれが、今回CEDECに参加した5000人もの開発者の方々の投票によって決まったということがなによりも驚きで、喜びも大きく、もう一生で二度と取れないかもしれない賞なので、これを励みにしながら、伏見の言ったようにさらなる高みを目指して頑張りたいと思います。


そうそう。今月から映画監督の樋口真嗣さんにもUEIのCVOとしてenchant.jsチームに参加してもらっていて、まあそれについてはまた項を改めて。


本当を言うと今日は樋口さんについてエントリーを書くつもりでいたんだけど、思いがけず受賞にパニックになってしまい、こんな内容になってしまいました。


また、ユーザー、関係者の方々に感謝するため、ささやかですが来る9月7日に大感謝祭を行いたいと思います。

404 Not Found : イベント開催支援ツール ATND(アテンド)

http://atnd.org/event/enchantjscedecaward2012

当日は、私と前田CHOを始め、伏見、高橋、辻、近藤など開発チームの面々とユーザーの皆さんとで楽しく美味しいお酒でも飲みながら健闘を讃え合いたいと思います。


enchant.jsのユーザー様ならどなたでも参加いただくことができます。

また、当日の模様はUstreamで中継させていただきます。ではご登録お待ちしております。