THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

人の情けが身に染みる まさかの参鶏湯で大復活!

サンフランシスコに移動したはいいが、熱はまだ38度台。
入管で止められないのが不思議なほどだが、なぜかバンクーバーよりも気温の低いサンフランシスコのほうが過ごしやすい。建物内の冷房がそんなにきつくないしね。


しかし気分はどんより曇り空。俺ゃあ一体、地球の裏側まで来てなにをしてるんだ・・・


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なんだか不吉な番地の不吉な建物もあるし・・・


「清水くん、体調大丈夫?」


と声を掛けてくださったのはシリコンバレーの顔役、外村さん。
フィル・リービンの親友であり、シリコンバレーで「お〜いお茶」を流行らせた人であり、まあいろいろとお世話になっている恩人でもある。


「いやー、だいぶ回復してきましたが・・・」


「せっかくだからうちで蔘鶏湯食いなよ」


なんと有り難いお話。
正直、油ギトギトのハンバーガーとかは受け付けなくなっていたので、ここで鍋物は有り難い。


外村さんの家に招いていただいて、美味しい蔘鶏湯をたらふくごちそうになってしまった。


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まさかの朝鮮人参が初体験だったわけですが、これが効果てきめん。
昨日までのグッタリ具合はどこへいった?


いきなり元気モリモリになってきた。


さらにダメ押しがこれ


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梅酢とリンゴ酢をあわせた「梅ぇ酢」で焼酎を割って飲むと美味いこと美味いこと。
よくよく考えるとのどが痛いのでここ数日酒も全く飲んでいなかったことを思い出し、まさに五臓六腑に染み渡るという感覚を久しぶりに体感。

akanehime.com




そして南高梅を魔改造した謎の食べ物「茜姫」が無駄に美味い。
梅干しは苦手だったのだが、これならぜんぜんいける。酒に入れてもいける。

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昨日まではこんな感じで、「明日死ぬのかな?」という面持ちで飛行機に乗っていたのだが・・・


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奇跡の大復活!!!


外村さん、ご家族の皆様、どうもありがとうございました!!



元気が出すぎて夜中に目が冷めてしまい、持参したOculus Goを起動すると珍しくサンフランシスコ在住起業家の井口尊仁がオンラインだったので声をかけてみる。


「おー!りょうさん久しぶり」


「おー井口さん元気してた?いまサンフランシスコなんだけど」


「えー、おれいま京都だよ」


まさにすれちguy!
しかし久しぶりの井口節に大いに盛り上がったりした。


Oculus GoのOculus Roomが凄いのは、とにかく本当に「そこにいる」かのような臨場感。ずっと話していられる。


しかし問題は、電池が切れやすいこと。これさえなければずっと喋っていられるのだが・・・もしくは充電しながら会話できるといいのになあ。これはいずれ次世代機とかで改良されるのだろうか。



井口さんにサンフランシスコの知人を紹介してもらって月曜案内してもらえることに。
さらにシリコンバレー最新動向とかも井口独自の視点から聞けて非常にためになった。また、彼の最近のプロダクトもかなり面白くて刺激になった。


遠く離れていても、時差があっても、こんなふうにバーチャル空間で一緒に会話できるってすごい時代だよなあ。


これが凄いのは単なるチャットとは違うところなんだよね。


似て非なるものというか、あくまで目の前に「存在」があるから、簡単なジェスチャーとか、お互い見つめ合うとか、そういうことが簡単にできてしまう。



そしてアプローチは違えど、井口と俺は同じゴールを目指しているんだということを再確認した。


お互い頑張ろうぜ、とエールを送り合いながらディスコネクト。
やっぱり持つべきものはライバルと仲間だ。元気でてきたぜ頑張ろう!イエーイ!


medium.com

なぜ科学を学ぶことが大切なのか

プログラミング教育が必修化されるから云々、という既に進行中の話の是非は、個人的にはどうでも良い。いや、本当はどうでも良くないが、実際、とっくに大学受験の時期を超えた普通の人にとってはどうでもいいはずである。


(ありえないが)30年前にプログラミング教育が必修化されてれば、オリンピックにサマータイムを導入しようなどという妄言は飛び出していなかっただろうが今更言っても後の祭りだ。


STEM教育だとか、最近だとSTEAM教育だとか、そういう世の中の「流行り」に関しても、基本的にはどうでもいい。


問題は、科学をまなぶことの素晴らしさを認識することなく、単に闇雲に「プログラミング教育」という念仏を唱えることにある。


2013年の年末だったか、その半年後だったか、当時のIT担当大臣に呼び出され、「皆さんの進言のおかげで、内閣の方針にプログラミング教育の義務化の一文を盛り込むことができた。たった一文だと思われるかもしれないが、これは極めて重大な進歩である」と言われたときも実感が沸かずきょとんとしていた。


しかしそれからの世の中の流れをみるに、確かにプログラミング教育の義務教育化という「一文」が独り歩きして、無数の人々に解釈され、それぞれがそれぞれの都合の良い受け止められ方をしてビジネスや政治の道具に成り下がりつつある。


プログラミングを義務教育に組み込むことに全く無関心な政府と、プログラミングを義務教育に無理にでも組み込もうとする政府と、どちらが望ましいかという選択肢のうち一方を選ばなければならないとしたら、自分は後者を選んでしまったわけだが、その結果、あちこちにひずみのようなものができることは避けられなかった。まだ始まっても居ないのにだ。



とりあえず今はScratchやLEGO MINDSTORMSを授業に導入すれば「ぷろぐらみんぐ教育やってます」と言えるという逃げ道が用意されている。



それはいわば授業でモノポリーやキャッシュフロー101を遊ばせて「うちは起業家・投資家教育をやってます」と言っても嘘にはならないかもしれない程度には信憑性があるかもしれない。




でもちょっと待とう。プログラミングを学ぶことがなぜ重要なのか考えてみよう。
それはプログラマーになるためではない。


大多数の生徒にとって、数学を学ぶのが数学者になることを目的としていないのと同様、義務教育課程でプログラミングを学ぶことがプログラマーとして養成されることを目的としてはいけない。


一流のスポーツ選手になるのでも、シェフになるのでも、芸術家になるのでも、数学や物理に強いと有利なのと同じように、プログラミング能力を持った人は様々な分野にその考え方を応用・適用できることを期待される。


プログラミングを学ぶということは、科学の応用法を学ぶということである。


科学とは、簡単に言えば「誰にでも再現可能な知識体系」である*1


誰がどのようにボールを投げても、ボールを投げ上げる角度と強さがわかっていれば、どこに落下するか必ず予測することができる。これが再現性である。


数学の出発点は複数の由来があり、そのためにわかりにくくなっているが、力学を出発点にするのが僕は子供にとって最もわかりやすいと考えている。


なぜなら力を加えればものが力を加えた方向に動く、というのは極めて身体的な感覚であり、身体的な感覚であるからこそ、それを数式化することの意義も感じやすい。



たとえば重力加速度gの惑星で角度θ、強さFで打ち上げた質量mのボールの初速度は以下のように求められる。


a = m /F
v_x = a \cdot cos\theta
v_y = a \cdot sin\theta


ただし、ボールは重力加速度gがある惑星なので、時間経過とともに重力加速度gぶんの影響をうけることになる。


a_x = 0
a_y = -g


この重力加速度を時間方向tに積分すると速度vが求まる。


v_x = a \cdot cos\theta + a_x t = a \cdot cos\theta
v_y = a \cdot cos\theta + a_y t = a \cdot sin\theta - g t


さらにこれを時間tで積分すると位置を導くことができる


x = t a \cdot cos\theta
y = t a \cdot sin\theta - \frac{1 } 2 g t^2


こうしてできあがるのが放物線だ。
文字通り、ものを放り投げたときにできる線である。

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このグラフを見て、「地球上でものを放り投げるとこのように飛ぶ」と説明されたら、「ああ確かにそうかもしれないなあ」と誰もがわかるはずである。身体感覚で知っているからだ。


さて、数学で普通、放物線と言うと全く別の形のものになる。
最もシンプルな放物線はこうだ。


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これのどこが「ものを投げたときの動き」なのだろうか。


これは外来語が日本に入ってきたときの弊害であって、本来はparabola(平行)という意味の言葉が、物理学概念の「放物線」に引っ張られて悪魔合体してしまったものだ。



日本の義務教育では物理を教えずにまず数学を教える。その中でも放物線はかなり初期段階に習う概念だが、「これのどこが放物線なの?」という疑問を与えてしまう時点でゲームデザインとして失敗している気がする。


外国については知らないが、日本の教育システムの場合、とにかく顧客体験(UX)が軽視されすぎていると感じる。
二言目には「先生の言うことを聞きなさい」と言われるクソゲーであるため、本来得られるべき教養が十分行き渡らず、その結果、三角関数のありがたみがわからない政治家や、サマータイムが簡単に導入できると考える政治家が生まれてしまうのである。しかも恐ろしいことに、彼らはそれが恥ずかしいことだという自覚すらない。批判する側のマスコミにもこうした教育が十分行き届いているとは言えず、全体的に結論のでない屁理屈を日々論じているだけで時間が過ぎていく。


科学的思考法を持った人々の間では、そもそも今更サマータイムを導入することがいかに非効率的で馬鹿げているか、敢えて改めて検討する必要がない。それがない人の間では、真剣に議論しなければならない。幽霊はほんとうにいるのか、UFOに乗った宇宙人はいつ地球にやってくるのか議論するのに近い。要は再現性がない。


2000年問題のときにあれだけ騒いだのに、今また人災としてのサマータイム導入を検討することがどれだけ社会に不安と混乱を撒き散らすか、改めて説明するまでもないはずである。本来は。


STEMもしくはSTEAM教育、どちらにとっても出版点は科学(Science)であることに注意されたい。
科学とはなにか、


それは宇宙の真理を再現可能な方法で学ぶことである。


科学を学ぶための技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)なのである。さらにそうした知識を使って自己の表現(Art)ができると完璧だ。


子供はいつもいろんなことに疑問を抱いている。
大人は煩わしいからそれを誤魔化して答える。もしくは、自分が信じる真実を答える。


「太陽や月はどうして落ちてこないの?」「人はなぜ生まれるの?」「どうして生き物は死んでしまうの?」「宇宙はどうしてはじまったの?」「宇宙には終りが来るの?」


こうした疑問に最も誠実な態度で答えを見つけようとするのが科学であると僕は思う。
ここで言う「誠実な態度」というのは、「ここまではわかっていて、ここからがわからない」という境界が明らかにされており、なおかつ「全てわかっている人(超越者)が存在しない」ことが表明されているという態度である。


その前提のどちらか一方が崩れると、これは一般の宗教と同じものになってしまう。



STEM教育の究極の目標は、子供なら誰もが抱くであろうそうした疑問に、いかに安易な方向に逃げずに誠実に答えに近づく方法を示すことができるかに尽きると個人的には考えている。


そのための道具として何を使うかというのは、そのあとの問題だろう。

*1:最近は統計的な有意性も含まれるので必ずしも再現性が必要なわけではないがここでは議論を簡単にするためこういい切る

人手不足の定食屋はキューで解決せよ【漫画 教養としてのプログラミング講座】

原作者といいつつも、あまり役に立っていない原作者の吾輩ですが、満を持して、「漫画 教養としてのプログラミング講座」の第三話が公開されました。

cakes.mu


今回は漫画担当のタテノさんのアイデアが冴え渡り、「なるほどそういうことだったのか」と目からウロコの超展開に。


実際にはキューをただ使うだけでなく他の最適化手法との組み合わせでさらに効率的に。


というアイデアを、タテノさんだけで考えたあたりが凄いです。
これぞまさにプログラマーが最速の仕事術を知っている(あ、違う本だ)ことの証左。


まあプログラマーの方から見たら「え、当たり前じゃん」と思うかもしれませんが、こういう当たり前がなかなか浸透せず、効率の悪いお店のオペレーションを見ているとどす黒い気持ちが湧いてきたりしませんか?僕はする。


以前、某宇都宮の餃子屋さんに並んだときは本当に殺意一歩手前くらいの感情がうごめいてきて、「なんなのこれ完全入れ替え制のメリットとは?」と本気で悩むほど。しかも外は激寒だったので呪詛の言葉を吐きながらも並ぶこと数時間。


うーむ。いざ入ると美味い店、って、けっこうあったりするんだよな。


というわけで漫画 教養としてのプログラミング講座、まだまだ続いていきます!


cakes.mu

人工知能時代の今こそ山本弘が面白い

君は山本弘を知っているか?
知ってる人は知ってるし、知らない人は知らない。


とにかく最近、山本弘がめっぽう面白い。
特に、人工知能が実用段階に入ってきて、これから人工知能と人間がどう暮らしていけばいいのか、そのシミュレーションが既に成されている山本弘のAIもの作品群は、群を抜いて面白い。


最近の海外SFはあまり読んでないのだが、過去に読んだ海外SFに全くひけをとらないダイナミズムとリアリティ。日本にはもっと山本弘が必要なのである。


実を言うとずっと山本弘の話をブログに書きたかったのだが、次から次へと読むのがおもしろすぎて自分の中でどれをどのように読むべきか整理がつかなかったのだ。


ようやく自分の中で一段落してきたので、いま読むべき山本弘作品をいくつか紹介させていただこう。ただし、嬉しいことにまだ全部の山本弘作品を読んだわけではないのでこの推薦図書は暫定版である。とりあえず山本弘にハズレ無し、ということだけ覚えていただきたい。


アイの物語 (角川文庫)

アイの物語 (角川文庫)


まず人工知能という観点から山本弘の世界観に入門したい場合、この作品がうってつけである。短編集なので読みやすい。でありながら、全体としても一本の秀逸な作品として楽しむことができるという構成になっている。


人類とAIはどこにいくのか。アイとはなにか。わくわくしながら読んでいただきたい。


去年はいい年になるだろう(上) (PHP文芸文庫)

去年はいい年になるだろう(上) (PHP文芸文庫)


タイトルだけからは想像つかないが、これもまた人工知能ものである。
現代が舞台として、未来からやってきた人工知能搭載ロボットたちと人類はどう生きるか。人工知能と人類はどのように付き合っていくべきかということに対するヒントを掴むことができるかもしれない。


[asin:B076M2T82X:detail]

地球移動作戦 (下) (ハヤカワ文庫JA)

地球移動作戦 (下) (ハヤカワ文庫JA)


反物質天体が接近し、数年以内に地球が滅亡する!地球を動かさなければ!というダイナミックかつハードな設定と、今で言うVTuberやAIの未来像が人間とどのように共生していくのか、といったことが描かれている。ハラハラ・ドキドキのクライマックスは必見


UFOはもう来ない (PHP文芸文庫)

UFOはもう来ない (PHP文芸文庫)


現代が舞台。UFOものが多い山本弘だが、ついにUFOが来なくなるという話。UFO・・・というか地球外知的生命体と人類との邂逅がメインのストーリーで、一見するとAIとは無関係なのだが、人間とは違う知性とどう意思疎通するのか。これもまた面白い。


神は沈黙せず

神は沈黙せず


これは以前紹介したが、人工生命と遺伝的アルゴリズムによる創発によって群としての人工生命が知能を獲得しようとする話でもある。深層学習以前に書かれた物語にも関わらず、最新の深層学習に通じるビジョンが示されている。



空想物語と科学技術は人類進歩の両輪である、と僕は思う。
優れた科学が進歩しているときこそ、優れた空想物語が必要なのだ。
人類にはもっと山本弘のような作品が必要なのではないか。


そして僕らが日本語を読めることをもっと幸運だと思っていいのではないか。
そんな気がした。

あの日見た名刺の名前を僕たちはまだ忘れない

その昔、僕がまだ学生と社会人の間くらいだった頃、とある政府高官に会った。
するとその人の名刺には名前しか書いてなかった。


メアドや電話番号はおろか、住所もない。
なかなか潔いのである。



とはいえ、その政府高官の名前を知っている人は当時でも少数派だろう。そもそもいまの日本の閣僚の名前をそらで言える人が日本人の人口の何パーセントいるだろうか。


しかしその政府高官は政治家ではないにも関わらず、僕らがまだ名もなきプログラマー少年だった頃、私財を惜しみなく投下して、僕たちの遊び場となる場所を作ってくれた人だった。彼は見返りなど期待しておらず、日本の未来のために投資したと本気で思っていたように思うし、実際僕らは見返りめいたことを返したことがない。


それっきり一度も会っていないが、ほかにも何人か、名前だけの名刺を持っている人は例外なくとてつもなく偉い人であったように思う。


偉い人の名刺の共通項というのは、とにかく名刺に名前以外の情報がないということである。良くて、連絡先が書いてあるくらいだけど、実際には本当に連絡がほしい場合は、その場で書き足されることが多いように思う。


それがいったいどういう意味なのか、当時はよくわからなかったが、今想像するに「礼儀として名刺は渡すが、連絡先を無制限には公開しない」ということなのだろう。肩書がないのは、肩書では語り尽くせないことに従事しているからだと考えられる。


中小企業の経営者ごときでは、まだまだ名刺から会社名や肩書を外すことはできないが、いつか僕も名前だけの名刺を持てるようになるのだろうか。


まあ持つのはいますぐにでもできるだろうが、それを人に渡す覚悟を自分が持てるか。
意外と、難しいのではないか。


たまに学生さんから名刺をもらうことがあるが、ほぼ例外なく自分の所属大学や研究室、もちろんメールアドレスも、場合によっては所属する学生団体やサークル、趣味、特技なんかも書いてあったりする。Twitterのプロフィール欄にもそれが言える。


肩書を全部取っ払って、自分の名前一つで勝負できるか。
僕は物書きでもあるので、本当は自分の名前一つで勝負できる、と言い切ることができてナンボなのかもしれないが、うーん、まだ難しいかな。

Raspberry PiでTensorFlowを走らせた!やはり正式サポートは嬉しい

ようやっと本家がTensorFlowをRaspberry Piに正式対応したとのことで、嬉しさのあまり喜びの舞を舞う、そんな台風曜日。


昨日は創立記念日だし台風来てるしとりあえず会社を休みにしました。でも暇なので朝からRaspberry Piを買いに行って自宅でTensorFlowをインストールしようと思ったら、いろいろ足りないし雨降ってるので車でヨドバシまででかけて、この際マウスもキーボードも新調するかということでゲーミングキーボードとゲーミングマウスをゲット。なんかガレリアのデフォルトのキーボードはオマケとしてはかなり出来がいいのですが、マウスがなんか速すぎて操作できない。まあ要は設定が自分に合ってなかったということなんだけど、もしかして今のヤングはこの速度がデフォなのか。速すぎないか?


ということでマウスも分解能高めのやつを買い、ついでに無接点充電できるマウスパッドも買ってみた。


さらにディスプレイ切替器(KVMスイッチ)も買ったので、自宅でWindowsマシンとDEEPstationとRaspberry Pi3を自在に切り替えて使える。


そしてTensorFlowをインストールするのだが、これが昔に比べると超絶簡単になっていて驚く。なぜもっと早くやんなかったんだGoogle。


昔はラズパイ用のバイナリがなかったので自力でコンパイルするか、クロスコンパイルするかだったんだけどどっちも面倒すぎる。ラズパイ自身でビルドしようとすると、SWAP用にUSBメモリ用意してメモリ拡張してもコンパイルに24時間かかる。加えてこの暑さでは、コンパイル途中で熱暴走することもしばしば。挫けていたね。実際。


ところが今、たったコマンド2つでインストール完了。

このページに従えば良い(Installing TensorFlow on Raspbian  |  TensorFlow)

$ sudo apt install libatlas-base-dev
$ pip3 install tensorflow


で、まあ20分もしないでインストール完了。マジか。あの苦労は一体何だったんだ。
いざ実行してみると

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お、おおう。インポート時に若干謎のエラーは出るが、どうもテンソルがフローしてるみたいだぜ。


しかもTensorFlow Liteもサポートしているらしいので、これからラズパイでディープラーニングが流行る予感!!

UEI十五周年になりました

株式会社UEIが、有限会社ユビキタスエンターテインメントとしてスタートしてから今日でちょうど15周年。


いろいろありましたが15周年の節目の日にまさか台風が来るとは。
やはりこの15年間を象徴しているかのようで絶妙な気分になります。


GHELIAの創立記念日が6月30日、enchantMOONの発売日が7月7日、長岡花火が8月2日3日。創立記念日が8月8日と、お祭りごとが毎月連続するので、来年からはどれかひとつに統一したいなあとおもいつつ、この15年、未熟で身勝手な私とともに居て下さった社内外の方々には感謝の気持ちしかありません。


風雲急を告げるAI業界。
最近、AIを考えるということは、コンピュータを考えるということとほとんど同義だなあと日々痛感しています。


果たして我々は次なる未来を切り開くことができるのか。
ご期待下さい!