THE長文日記

長文とか短文とかのクレームは一切受け付けません

台北→東京→長岡→東京

ブログを移転したのだが、
やたらブログの話を振られる。


おかしい。
どうしてそうも簡単に発見されてしまうんだ。



「さいきんマジ歌ライブ行ってさー」


「見たよそれブログで」


「え、読んでんの?」


「うん・・・」



もっと困るのは社員の親族が読んでいるという話だ。
気楽にバカなことを書きにくいじゃないか。


「おう、おまえんとこのオフィス移転したらしいな」


「社長が台湾行ってるらしいな」


「社長がOculusとやらで夜な夜な動画プレイヤーを起動してるらしいな」


やめてくれ。


僕にとってブログはプライベートな空間であって欲しい。
オフィシャルめなちゃんと話はEnagdetとかWirelesswireとかの商業媒体に書いてるではないか。



半沢直樹のDVDが届いたので見てる。
本放送のときは忙しくて見れなかった。


会社が大変なときは、銀行ものとか笑ってみることが出来ない。
「億」とか「円」とかいう単位を聞くだけで目眩がしてくる。イメージ的には、あれだ。好きな相手に振られたときに、「恋」とか「愛」とかいう言葉の入った歌を聞きたくない、という感じだ。


ではなぜいま敢えて半沢直樹か。
銀行と今まで以上に付き合うことになりそうだからだ。まあもちろんフィクションなんか見たところで何の足しにもなりはしないかもしれないが、おそらく銀行員やその家族は絶対に見てるはずで、教養として半沢直樹を振り返っておくのはそう悪いことでもあるまい。これを全部見たら、「花咲舞が黙ってない」も見ておこう。


ちなみに原作は全部読んでる。

オレたちバブル入行組 (文春文庫)

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しかし、改めてドラマを見てみると、半沢の妻、花(上戸彩)の存在感がすごい。
銀行員の妻同士のマウンティングや妻であるがゆえの無神経な発言(でも本人に全く悪気はない)など、いちいち半沢の気持ちになってしまってつらい。



半沢直樹 -ディレクターズカット版- Blu-ray BOX

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原作者の池井戸潤は半沢のような幼少期のトラウマを抱えているんだろうか。
下町ロケットといい、どうも工場に強い執着があるように感じる。


まあ実際、バブルの頃はこういう話はあったんだろうけど。
年齢を考えると、バブル入社の半沢の実家が貸しはがしで潰れるというのはちょっと変だ。


むしろ作者である池井戸潤がバブル期に三菱銀行に入行して、新人の頃に貸しはがしの現場を目の当たりにしたのだろう。


さて、台北からとんぼ返りして、金曜日に市立図書館が100周年ということで記念式典に呼ばれたので行ってきた。


ついでに6月からオープンした長岡市の新しい施設「NaDeC BASE」も見学してきた。


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ここはビジネスマンや学生が自由に使えるシェアスペースで、FabLabのような機能もある。


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見学したときも学生の集団らしき人たちがなにか打ち合わせをしていた。


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本も置いてあったが、本が少なすぎる。
おれにいってくれればいくらでもためになる本を見繕うんだが

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地元の学生がデザインしたEVも置いてあった。

なかなかオシャレだ。公道も走れそうな雰囲気である。

長岡に来たら来たでいろいろと打ち合わせをしなければならない。


しかし長岡に会社を作って本当に良かったと思ったのは、東京に居たら絶対に出てこないような発想が次々うまれてくることだ。そして実際、役立つのである。


gumiの国ちゃんが世界中に拠点を作っているのはもしかしたらそういう発想を得るためなのかもしれない。いつになったら時価総額8兆円にいくのか。


すでに小さくスタートしたオフィスは手狭になってきたので、さっそく増床の検討に入ることにした。この12ヶ月で会社を3つ、オフィスを4回作ってる。東京の会社は移転してから8ヶ月後に2.5倍に増床したから長岡が稼働してから6ヶ月後に2倍の広さになってもそんなに違和感はない。


今年は長岡でプログラミング教室の事業を始めようと思う。
いままでみたいに、無料でやるのではなく、ちゃんと対価をいただいて、ビジネスとしてやる。


なぜなら行政主導での無料セミナーには限界があるからだ。


ひとつは、募集定員の問題がある。
教室に一度に収容できるのが、数十人が限度で、だとするとほとんどの子供は参加できない。
実際、抽選での参加になっているという。これは非常にもったいない。重大な教育機会の損失である。


また、我々が単独のセミナーで利益を得るためには、それなりの経費がかかる。
特に僕自身の出張費や講演料は年々高くなっている(そうしないと断りきれない)のだが、それを差し引いたとしても東京から派遣する講師や現地スタッフのことを考えると、赤字を前提に運営するわけにはいかない。


また、都内は競争が激しすぎる。
我々は世界のどこにもない独自のカリキュラムと理論でプログラミング教育を行っているという自負があるが、あまりに乱立している状況では短期的には特色を打ち出しにくい。


むしろ地方に密着した教育プログラムを用意するほうがあらゆる人にとって良い結果を生み出すのではないかと考えている。


僕が考えているのは、中学生、高校生に最初からPythonを教えることだ。
N高校のプログラミング・ハイレベル・ハイスクールでも同様の教え方をしているので、そこまで難しい話ではないはずである。


特にPythonは簡単な割にできることが多いので、これをまず写経からでも十分ついていけるはずだ。


そしてPythonから入れば人工知能までもが地続きになる。
これも重要なポイントだ。


これを数日間の集中講座で教えていく。
全生徒にはラズパイと専用のSDカードを配布する。


家に帰っても続きができるというわけだ。


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夜は高校の恩師と酒を飲む。
中学のOBでもある。


いつも酔っぱらいみたいな喋り方だが、頼りになる先輩だ。


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スーパー口説き上手という謎の日本酒を飲んだらあっという間に眠ってしまった。
どうやってチェックインしたのかも覚えてない。


翌日、二日酔いのまま新幹線に乗って東京へ戻る。


長岡でやるプログラミング教室向けのCMを撮影するためだ。


地方CMは圧倒的にお買い得である。


市が主導のセミナーにはもうひとつ問題があって、それは市内の子供しか呼べないことだ。
中越地方に広げれば意欲のある子はもっといるかもしれない。長岡市は27万人都市だが、中越地方まで広げれば73万人いる。上越、下越地方からも来るかもしれない。


新潟県全体では225万人。
にもかかわらず、東京から新幹線でわずか90分。心理的には東小金井よりも近い(たぶん横方向に移動する電車に乗るか、前方向に移動する新幹線に乗るかという感覚の違いが大きいのではないか)。


まずは7月末開催を目指しているが、反響が大きければ四半期ごと、または隔月での開催も視野に入れたいと考えている。


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台湾出張では収穫も多かった。ここでは書けないが、また新製品を作ることになるだろう。

彼女はキョンシーを知らない

接待するよ、と言われてのこのこ台北まで来たわけだが、われわれWeb系IT企業は基本的に接待というものをあまりしない。


食うか食われるかの世界では、たとえその瞬間でステークホルダーでも、数年先のことはわからず、また、いくら個人に(接待という)投資をしても、リターンが得られるとは限らないからである。


逆に業界の外の人から接待を受けるときに、銀座の高級店でコース料理を食べたりするのはもはや面倒くさいと思ってしまう。単に親睦を深めるなら、なにも無駄なカロリーを摂取しなくてもそのへんの焼き鳥屋でいいじゃないか。



まあしかし今日は製造業業界の人間として来てるわけである。
ファブレスとはいえいちおうはメーカーであるので、IT業界と違って、仕事のスパンも長期的だ。「次の予定」が「来年の第二クォーター」なんていうことはザラである。製造業だから、それくらいの遠くを見てやらなければならない。


だからまあ接待というのも独特だった。


「お昼に別の会社との食事で食べ過ぎちゃって・・・」


という彼女は、ランチで食べた料理がいかに素晴らしかったか写真を交えて力説した。


「へー、そんな立派なフレンチがあるんだねえ。参考までに、なんていう店なの?」


彼女が取り出したショップカードを見て、思わずハイボールを吹き出しそうになった。ショップカードは見覚えのあるものだった。そりゃそうだ。ジョエル・ロブション。東京に住んでる人間だって知ってる。



つまり製造業の接待というのは、そういうものなのだ。
ということは当然、この夜景の綺麗なレストランも、それなりのお値段がするに違いない。


本来、デートで使いたいような店かと思ったが、それにしては店内がやけに明るい。周りを見渡すと、先方の女性担当者二人と、こちらの男性二人の我々のテーブル以外は、全員、スーツを着込んだサラリーマンたちだった。


正直、高いものを男同士で食って何が楽しいんだと思わなくもないが、それがここのルールだというのなら従うしかない。


接待で大事なのはなんだろうか。
コミュニケーションだ。当たり前のように思うだろうが、何度接待されてもちゃんとコミュニケーションできない相手というのはよくいる。むしろ、宴席をわざわざ設けてくれるような人こそが、コミュニケーションが苦手なことが多い。苦手だから舞台装置に金を使うしかなくなる。


先方のチームは二人。先輩女性はプロダクト開発の担当者。まだ開発中のプロダクトについてスペックを教えてくれる。もうひとりは若手の営業担当者、キレものだ。


いつものブログと違って、言葉の問題で彼女たちやその同僚がこのエントリを読むことはないだろうから本音で書くと、わりと信頼できる人たちだと思う。


こちらで他の人の接待も受けたが、本人が英語が苦手なせいなのか、それとも根本的におれたちに興味がないのか(それはそれで責められるものではない)、3-4時間一緒に飲んだけど、ぜんぜんコミュニケーションがとれなかった。そのやり方では駄目だ。いかに腹を割って話すという関係性を早く構築するかが重要だと思う。どんな場合でも。


腹を割る、には、自分の弱みを見せる、というのが当然のように入ると思う。
いつも虚勢を張っているだけの人は魅力的には見えない。むしろ自分の弱点を認め、それを大声で笑い飛ばすような人にこそ、本音を打ち明けたくなるのが人情というものだろう。


僕は台湾といえば、幽玄導士だろうというくらいはキョンシーが好きだったのだが、彼女たちは知らないという。


1986年の台湾映画なので、まあ知らないというこもとあるかもしれないが、日本であれだけブームになったのに知らないというのはちょっと驚きだった。


先輩の方の女性のヒーローは「冒険野郎マクガイバー」らしい。「0011ナポレオン・ソロ」も知っていると言っていた。日本とちょっと時間軸がズレてる。


後輩の方の女性は「ミニラが好き」だという。


日本人でも「ミニラ?」と思う人が大半だと思うが、ゴジラの息子の名前である。



【公式】「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」予告 ミニラが初登場するゴジラシリーズの第8作目。


個人的には最近の台湾映画はどれも知らなかった。
これって、アメリカ人がごく普通の日本人にゴジラの話題を振っても「見たことない」という答えが返ってくることが大半な、「シン・ゴジラ」以前の日本の風景そのものかもしれない。


我が国はもはやコンピュータを独自に開発する能力を有していない。
なにかしようとすれば、必ず台湾や深センといった諸外国の力を必要とする。


その中で日本という国の価値が中国などに比べて相対的に低くなっていることは由々しき問題だけれども、いまさら個人の力で覆せるものでもない。ディズニーのフルアニメが無理だったら、日本独自のリミテッドアニメやバンクシステムを進化させて結果として世界で最も多様なアニメーション文化を作り上げたように、日本には日本のやり方があるし、それを模索するしかできることはない。今から外国のマネをしようったっていまさら追いつかない。


すなわち国内ベンダーの創意工夫が一番求められているのが今の時代なのである。
そう考えると、燃えてくるじゃないの。



作戦を奇を持って良しとすべし


久々に吹き替えでAチームのボックスでも見るか。
ちなみにAチームのオープニングのテンションあがるナレーションは日本独自のもの。なくてもかまわないが、あると魅力がもっと増す。こういうことよ、こういうこと。


特攻野郎Aチーム コンプリート DVD BOX

特攻野郎Aチーム コンプリート DVD BOX

エアポート投稿ダディについて

いま、エアポートにいる。
世間では空港にいることをいちいちSNSに共有するダディどもを揶揄する動きがあるそうだが、そんなことは知らん。


なぜ世間のエアポートダディが存在するかといえば、あれだ。ダディにとって、空港は圧倒的に暇だからだ。
免税店とかでwktkするのはガキの頃に卒業して、ただ死んだ魚のような目で外貨両替の列に並び、囚人の如く扱われる手荷物検査の列に並び、挨拶すらろくにできない入国管理局職員の冷徹な出国手続きを済ませたあと、ふっとラウンジで一息つく。


当然、おっさんだから飛行機に乗り遅れるとかギリギリに来るとかいうヘマはしない。
だいたい、ボーディングの30〜60分前にはすべての手続が済んでいる。


こうなると、暇だ。
もちろん仕事のメールも処理するが、だいたい、朝っぱらからそんなにメールが来てるわけもない。


なにもかも準備が終わって、それでも「暇だ」と思うからこそ、「成田空港なう」とかつぶやくのである。
すべての準備が終わった勝者の余裕が為せる一言こそ「空港なう」である。


また逆にはるばる海外から帰ってきたときも、「やっと帰ってきたぜ」というひと仕事終えたおっさんならではの「成田帰国なう」である。


「成田ついたなう」と書いても、実際にはそこから再び無愛想なイミグレの行列とか、手荷物の受け取りとか税関とかややこしい手続きが待っている。そんな自分を奮い立たせるための「帰国なう」である。


つうか文句言うならミュートしろ。友達解除しろ。一生ROMってろ。


そんなわけで、我輩は空港で朝食を済ませ、せっかく家を出るときに準備した風邪の処方薬を忘れてきたことに途方にくれながらも、これから出張頑張って行きまっしょいと思うのである。


普通、出張初日は移動日なのでそんなに激しいことはないのだが、今日は昼には到着してしまうので、念の為に酒は控える。


暇だからブログでも書くか・・・と思ったらもうボーディングか。


ちなみに出張は基本的に好きではない。
好きではないので最小限にしておきたいと考えているわけだが、世の中にはしがらみというのがあってどうしてもいかなきゃなんないこともある。


行きたくないけど行くしかない。
わかっちゃいるけどやめられない。


いやちょっと違うな。

マジ歌ライブ in 横浜アリーナ 行ってきた(ネタバレあり)

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うーむ。ついにこの時が来たか。
マジ歌ライブ in 横浜アリーナ


ちなみに以下ネタバレあるので放送で見るつもりの人は読まないでください。



マジ歌というば、最近Netflixでも見れるようになった伝説的深夜番組「ゴッドタン」の名物企画である。


「キス我慢選手権」「M女オーディション」「マジギライ1/5」などの数々の名企画を生み出してきたゴッドタンの中でもピカイチの人気を誇る「芸人マジ歌選手権」のライブである。


1万6千枚のチケットは即日完売。
とはいえ、一枚1万円とかんがえてもわずか1億6千万円の売上。儲ける気があるのかないのかわからないほど豪華な内容で満足度は高い。


特にゴールデン特番で登場したおぎやはぎの小木とベッキーのデュエットや、劇団ひとりの「波田ニュー陽区」を生で見れたのはファンとしてとても嬉しかった。


L.A. Cobraもダイノジももちろんヒム子組.comもいつもNetflixでヘビーローテーションで見ている曲が少しのアレンジを加えて見れて満足。もともとすべて好きなので、満足、という小学生みたいな感想しかでてこないのが残念だが、特にL.A. Cobraの「ケータイのライトをつけて沖縄の夜空を再現しましょう」という演出は、本当に一体感があってよかった。


角田バンドは今回ちょっとカッコ良すぎ。矢作は角田のマンションのローン審査が降りないので自分が金を貸すよ、的にふるまっていたのだが、本当に貸すのか不明。ほんとに貸しちゃったら面白くないよね。その伏線はテレビのほうで回収されるのかもしれない。


バカリズムは相変わらずおしゃれで面白い。手島も良かった。


とはいえ、なんといってもジェッタシー。
まあ本当は生ジェッタシーを見るためだけに横浜まで繰り出した、というのが正しい。


なんせその前は武道館とか中野サンプラザとかだから、なんなら武道館なら歩いていけるときには、うっかりしていてライブに行きそびれていた。


さすがに横浜は遠い。しかも新横浜。今思うと新横浜なら新幹線で行ったほうが速かったのではないかと思いつつ、興奮さめやらぬまま車を運転して都内に帰ってきた。


ジェッタシーのアレンジバージョンから始まる後藤
正直、ダサさが中途半端。ダサさがジェッタシーというべきか。


考えすぎてよくわからなくなってしまったのではないか。


まあしかしここで計算通り会場のフラストレーションが溜まったところで、例の四角いギターが登場。ヘブリカンでもりあがったのはいいのだが、いい加減このへんで「もういいだろ普通のジェッタシーやれよ」という空気になる。


ここがうざい。超絶うざい。後藤のタイミングをことごとく外しまくるMCのせいで掛け声がなかなかあわない。
まあこれも計算のうちなのだろう。


焦らしに焦らしまくった挙げ句、ジェッタシーが始まる。ここは最高。さすが後藤輝基。これだよ。これを聞きに来たんだよ。


ラストの波田ニュー陽区のダンスで松丸アナが登場。
一年ぶりの復帰ということだが、いつにも増して完璧なキレッキレのダンスで、顔もスッキリしていて出産前より美人になった(ように見えた)。練習で2キロ痩せたそうな。


小池美由がちょっと会場の雰囲気に飲まれたのか、いつものような毒舌を発揮する機会を失っているようでちょっと残念ではあった。


ハライチ澤部が別番組の収録で間に合わず、カーテンコールでバレバレのサプライズ(????)出演するという演出も予定調和的で良かった。なんせ澤部が来ないと、このライブのメインタイトルにあるNARUMIYAの「今夜一発いくかい」が入らない。


まあでも、予定調和的だけど感動した。


全体として満足度120%くらいだったのだが、いろいろと学ぶところがあった。


まず、ライブとはなにか、ということを改めてかんがえさせられた。


昔、友達に誘われて長渕剛の東京ドームライブに行ったことがあるのだが、そういうものの場合、ほとんどはテレビで放送されないもので、故に本人が米粒くらいの大きさに見える場所で、巨大画面を見ていても、ライブ感というか、「ああ、そこに長渕がいるんだ」感はすごくある。


しかしマジ歌ライブの場合、そもそもいつもテレビで見ているものが、巨大スクリーンに出ているわけで、どうしても「そこにいる」という感じが演出しにくい。


そこで会場を巻き込んで一緒に盛り上がる工夫だとか、炎や爆発によるド派手な演出といった要素で「びっくり」を演者と共有することで一体感を出そうとしているのだろう。


また、テレビと違ってライブは一発勝負だから、むやみに新曲を投入するとしくじる可能性が高い。練習量をかんがえても、完璧なライブエンターテイメントに持っていくためにはテレビ向けに十分練習を重ねた曲をベースに細かいアレンジを加えることで新鮮味を出すという手法が有効なのだろう。


完全に同じだと、観客からしたらどうしても「テレビでみたのと同じやつだ」というように見えてしまうから、あえて「コロラド州の真ん中」が「神奈川県の真ん中」にアレンジされていたりするのではないか。


学びの多いライブだった。


まあとにかく最高でした。
関係者の皆さん、お疲れ様でした。

いまこそクレイジーキャッツを見直すべき時期

 今の若い人も、たぶん僕と同世代の人もほとんど知らない、クレイジー・キャッツというグループがある。
 植木等、ハナ肇、谷啓といった綺羅星のごときスターを排出したコミックバンドだ。1960年代に日本のサラリーマンシーンを一変させた。


 彼らの楽曲は、とにかく能天気である。彼らはこれをC調と呼ぶ。


 C調とは、ドレミファソラシドのハ長調であり、「しいちょう」という日本語は「調子いい」の反対言葉(いわゆる今でいう業界用語)にもなる。


 全く知らない人のために歌詞を一部引用すると

金のないやつぁ俺んトコへ来い。

俺もねえけど心配すんな。

見ろよ青い空 白い雲

そのうちなんとかなるだろう


 もしかするとこの曲自体は聞いたことがあるかもしれない。


 このクレイジー・キャッツが大活躍していた頃のクレイジー・キャッツ主演映画群がとにかくすごい。おもしろい。


 主人公は植木等。脇役にハナ肇と谷啓が固める。
 すごくたくさんシリーズがあるのだが、どれを見てもだいたい面白い。


 今の日本のドラマやアニメはすべてどこか陰気である。
 本来はポップであるはずのポプテピピックも、どちらかというとウラの笑いである。


 ここ20年の物語の全ては、どこか人生を楽しんではいけない、自分たちは政権政党に騙されている、悪いやつばかりが世の中にのさばり、真面目にやるやつぁ苦労する・・・まあそんなところだろう。要は痛快さが全くないのだ。これはハリウッド作品にも共通する。インディ・ジョーンズやスターウォーズ初期三部作に比べて、どんどん陰気になってる。それは新三部作でもそう。もう陰気でないと売れないのかね、と思ってしまう。


 それに比べると、クレイジー映画は圧倒的能天気さにあふれている。


 「それは高度経済成長の時代だからでしょ?」と思うかもしれないが、実際には違う。
 むしろ植木等扮する主人公(名前は作品ごとに微妙に変化する)が、ノリの良さと勢いだけで、とんとん拍子に出世して、適当なことを言ってたと思ったら、最後はなんと社長になってしまう。


 主人公を妨害するのは既得権益。今の物語では決して打ち負かすことができない大企業や大金持ちといった鼻持ちならない連中で、あっと驚く意表を突く作戦で難題を次々と解決していく様は痛快の一言。


 21世紀を生き抜くヒントがクレイジー映画の作品群にはあるのではないかと思う。


 まずおすすめなのは、ニッポン無責任時代。Amazonプライム・ビデオでも見れるのでお手軽。


ニッポン無責任時代

ニッポン無責任時代


 記念すべきクレイジー映画の第一作。「平等と書いてたいらひとし」がノリの良さと無責任で恋も仕事も全部まとめて最後は責任をとってしまう。極めて無責任な発言を繰り返しているのに、最後に振り返ると全部責任をとっている、これがカッコいい。まさに胸のすくような思いを当時のサラリーマンは抱いたのではないか。


 もちろん物語の主人公というのは、「自分がそんなふうに生きられたらどんなにいいだろう」という羨望を体現する存在なので、実際にそんなことはできはしない。けれども、できはしないことを夢見せるのがエンターテインメントの本来の役割ではないだろうか。


 スターウォーズの新三部作は好きだが、しかし父殺しをするカイロ・レンや、命がけで戦い、消えていくルークの姿を何度も見て胸を熱くしたとしても、生き様に憧れたりはしない。


 だがクレイジー映画の主人公は、どれだけ無責任な放言をしていても、最後はかならず解決する。そんなことは無理だと思っていても、もしかしたら俺にもできるかもしれない、という勇気をもらえる。今の日本人に必要なのは、そういう冒険心ではないだろうか。


 特に我々の業界の参考になるかもしれないのは、「日本一のホラ吹き男」


日本一のホラ吹き男 [DVD]

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 松下電器をモチーフにしたと思われる。「増益電機」の入社試験に落ちた主人公、初等(はじめひとし)は、大学の同期で合格した友人に「おれも春から増益電機で働くんだ」とホラを吹く。いざ入社初日、友人が見たのは警備員として入社した初等だった。


 「おまえ、大学まで出て警備員はないだろう」


 「なあに、警備員だって増益電機から給料を貰ってるのと同じさ。それにな、社長に気に入ってもらえる一番いいポジションだよ。君ぃ」


 「正社員が一万人もいる会社で、社長が警備員にまで目が行くかよ」


 ところが初等はあっさりと正社員に、係長に、そして課長に昇進してしまう。すべて計算通り。でもそこに「蘇る金狼」のような陰気さは一切ない。とにかく能天気。


 この頃のクレイジー映画はセリフのキレがいい。植木等の演技もいい。なによりいいのは彼の笑い声だ。
 彼の笑い声を聞いてるだけでポジティブな気持ちになってくる。


 ちなみにクレイジー・キャッツの代表曲の多くの作詞は青島幸男(元都知事)が手がけている。
 無責任なうたを作りまくって、意地悪ばあさんやって、最後は都知事だもんな。まるきりクレイジー映画の主人公じゃないか。


 見たことない人はぜひ見て欲しい
 

クレージーキャッツ 日本一ボックス [DVD]

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開府400周年のレセプションのあとに、長岡バル街というイベントをやっているから行きませんかと誘われ、それは面白そうだと思って参加させていただいた。
5枚つづりのチケットを4000円(前売りは3500円)で買って、このイベントに参加しているお店でそれぞれのピンチョスとワンドリンクを食べられるというもの。
当日券でも1枚800円のチケットで、かなりお得。


年に二回くらいやってるそうなので、またやるときはぜひ参加したい。
東京でいえばゴールデン街の納涼祭のようなイベント。なんだけど、あらためてこの街の多様さに驚かされる。


バル街の参加店舗は当然、スペインバルだけというわけではない。むしろもつ焼き、寿司屋、割烹などが参加していて賑わっている。
18のときに上京したので、地元の飲み屋はぜんぜんわからなくて困っていたのだが、このイベントに参加することで地元の飲み屋を効率的にハシゴしながら名店を教えてもらうことができた。


しかし改めて地元に帰ってきて地元の人と話をしてみると、「東京だと・・・」「ゴールデン街だと・・・」と、やたら東京の話をしてしまう自分を見つけて、なんというか、自分が自分で嫌な感じになった。確かに、人生でどっちに長く暮らしているかといえば、東京のほうが多くなってるかもしれない。なんだか地元のはずなのに、「東京の人」になっているようでいささか間が抜けて感じた。もちろん生まれは長岡だから、生粋の東京人にしてみれば「おまえが東京の人と思うなんてちゃんちゃらおかしい」と言われるだろうし、なんだかやたらベイエリアの話ばかりする帰国子女になった気分だ。要は間抜けなのである。


とはいえ、未成年の頃しか過ごしたことがない街のことには本当に不案内で、一時期アメリカから長岡に帰ってきたときも、人里離れた山奥に住んでいたので駅前の喧騒とは無縁だった。
こういう機会があると、会社周辺の飲み屋がわかるからとてもありがたかった。


またいきたい

長岡市開府400周年と仕事のモチベーション

長岡市が開府して400周年ということで記念式典がひらかれるので、地元に戻ってきた。


昨日、面接した人に「清水さんの仕事へのモチベーションはなんですか?」と聞かれた。


面食らった。そんなことをかんがえたこともなかったからだ。


なぜ僕は仕事をするか。なぜ仕事にすべての情熱を傾けるのか。
それは長岡の男として当たり前のことだからだ。


土地がワインを決めるように、土地が人をつくるという面は大いに有り得ると思う。
山にぐるりと囲まれた窪地。かつては戦闘都市として、窪地の中心部に天守閣を構える城だった。さぞかし攻めにくい城だっただろう。


天然の要塞であり、最新鋭の武器で武装し、永世中立国を夢見た時期もあった。


長岡の男にとっては、仕事に情熱を傾けること、仕事にロマンを感じることは生まれながらにして当たり前のことだ。


そして常に歴史的偉業を成し遂げてきた先人たちの背中を追いかけて育つのである。
そこに「モチベーション」などという作られた情熱は一切関係しない。それを意識する必要もない。


3000メートル級の山に登るとしよう。
何ヶ月も前から準備して、運動して、万全の備えをして、それでも8割くらいの自信で登る。
残りの2割は天候不順やら不慮の事態やら、なにがおきるかわからない。


けれども8割くらいはうまくいくだろうという確信があって登るのが普通である。


それでも真夏に登山中、吹雪で遭難しそうになったときはさすがに死ぬかと思った。10歳のときだった。1メートル先の視界もなくなってしまうのである。


一体全体、自分はなんのためにこんな苦行をしているのか、わからなくなった。
けれども登るしかないのだ。道は前にしか続いていない。


親父の趣味につきあって登山をするというのは、しない人からみたら馬鹿げたことのように思うかもしれない。実際、遭難しかかった。父親の姿は吹雪で見えなくなり、声も届かない。


雪道に残ったわずかな足跡だけを頼りに吹雪を切り抜けた。


長岡の男にとって、仕事とはそういうものだ。
8割くらいの自信がある。だから淡々とこなす。特別なことはなにもしない。自分ができるだろうと考えていることを、できるようにやるだけだ。


そこに特別なモチベーションは必要ない。呼吸するのと同じくらい、自然に仕事をするのが長岡の侍だからだ。


山本五十六は航空主兵がうまくいくと思っていただろうし、しかし戦争は負けると考えていたから開戦そのものには反対した。山本のかんがえたとおりになった。


あるいは河井は、無謀だったかもしれない。越後の山奥に独立国を作るなど、ロマン以外の何者でもない。徳川の譜代大名としての筋を通そうとしたのかもしれない。


角栄の引いた新幹線のおかげで、僕は御徒町からわずか90分で長岡の会社にたどり着くことができる。新幹線がなければ、長岡に会社を作ることなど永久に考えもしなかっただろう。


阪神タイガースを作ったのも、河井の側近である長岡藩士だった。


偉大な先人たちの背中を眺めながら、自分にはなにができるだろうと考える。


その意味で、僕は長岡に生まれてなければ、こういう人間には決してなっていなかっただろうと思う。


東京は人が多すぎる。歴史的偉業を成し遂げた人だらけだ。たぶん大阪も、京都もそうだろう。
長岡は小さい。東京圏の1/500くらいのサイズだ。


だからこそ、偉人の業績が綺羅星のごとく輝いて見える。自分もいつかそこに名前を並べようと自然に考えるようになる。


全員が全員ではないだろうが、それを意識する人間はかならず数割はいる。
学校では、立派な人間になれと教えられる。


当然ながら、僕はまだまだ彼らの足元にも及ばない。一生かかっても無理かもしれない。その可能性のほうが高いだろう。


けれども、高みを目指して淡々と自分のできる精一杯の情熱を傾け続けることが、長岡の偉大なる先人たちが守ってきた伝統に対する最大限の敬意だと思う。


できることを精一杯やる、それは僕の生まれてきた意味であり、生きる意味であり、生きがいであり、必ずやらなればならない宿命だ。


だから僕にモチベーションは必要ない。
そうせずにはいられないんだから、